2010-04-01から1ヶ月間の記事一覧

山之口貘「博学と無学」

あれを読んだか これを読んだかと さんざん無学にされてしまった揚句 ぼくはその人にいった しかしヴァレリーさんでも ぼくのなんぞ 読んでない筈だ

山之口貘「妹へおくる手紙」

なんといふ妹なんだらう ――兄さんはきつと成功なさると信じてゐます。とか ――兄さんはいま東京のどこにゐるのでせう。とか ひとづてによこしたその音信のなかに 妹の眼をかんじながら 僕もまた、六、七年振りに手紙を書かうとはするのです この兄さんは 成功…

草野心平「青イ花」

トテモキレイナ花。 イッパイデス。 イイニホヒ。イッパイ。 オモイクラヰ。 オ母サン。 ボク。 カヘリマセン。 沼ノ水口ノ。 アスコノオモダカノネモトカラ。 ボク。トンダラ。 ヘビノ眼ヒカッタ。 ボクソレカラ。 忘レチャッタ。 オ母サン。 サヨナラ。 大…

嵯峨信之「春雨」

ぼくが消えてしまうところが この地上のどこかにある 死は時の小さな爆発にあつて ふいに小鳥のようにそこに落ちてくるだろう

村野四郎「鹿」

鹿は 森のはずれの 夕日の中に じっと立っていた 彼は知っていた 小さい額が狙われているのを けれども 彼に どうすることが出来ただろう 彼は すんなり立って 村の方を見ていた 生きる時間が黄金のように光る 彼の棲家である 大きい森の夜を背景にして

富永太郎「手」

おまへの手はもの悲しい 酒びたしのテーブルの上に。 おまへの手は息づいてゐる、 たつた一つ、私の前に。 おまへの手を風がわたる、 枝の青虫を吹くやうに。 私は疲れた、靴は破れた。