2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧

長谷川かな女

羽子板の重きが嬉し突かで立つ

佐々木信綱

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一(ひと)ひらの雲

中原中也「サーカス」

幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました 幾時代かがありまして 今夜此処での一と殷盛(さか)り 今夜此処での一と殷盛り サーカス小屋は高い梁 そこに一つのブランコだ 見えるともないブランコだ 頭倒さに手を垂…

泉鏡花「歌行燈」

「やあ、大事な処、倒れるな。」 と源三郎すつと座を立ち、よろめく三重(みへ)の背(せな)を支へた、老(おい)の腕(かひな)に女浪の袖、此の後見(こうけん)の大磐石(だいばんじやく)に、みるの緑の黒髪かけて、颯(さつ)と翳(かざ)すや舞扇は、銀地に、其の、雲…

富田木歩

我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮

川田順

寧楽(なら)へいざ伎芸天女のおん目見(まみ)にながめあこがれ生き死なんかも

西脇順三郎「雨」

南風は柔い女神をもたらした。 青銅をぬらした、噴水をぬらした、 ツバメの羽と黄金の毛をぬらした、 潮をぬらし、砂をぬらし、魚をぬらした。 静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした、 この静かな柔い女神の行列が 私の舌をぬらした。

田山花袋「田舎教師」

四里の道は長かつた。其間に青縞の市の立つ羽生の町があつた。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出を出した田舎の姐さんがをり/\通つた。 羽生からは車に乗つた。母親が徹夜して縫つて呉れた木綿の三紋の羽織に新調のメリ…

川端茅舎

ぜんまいののの字ばかりの寂光土

長塚節

馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

丸山薫「砲塁」

破片は一つに寄り添はふとしてゐた。 亀裂はまた頬笑まうとしてゐた。 砲身は起き上つて、ふたたび砲架に坐らうとしてゐた。 みんな儚い原形を夢みてゐた。 ひと風ごとに、砂に埋れて行つた。 見えない海――候鳥の閃き。

佐々木邦「悪戯小僧日記」

乃公(おれ)は昨日で満(まる)十一になつた。誕生日のお祝に何を上げやうかとお母さんが言ふから、乃公は日記帳が欲しいと答へた。するとお母さんは早速上等のを一冊買つて呉れた。姉さん達は三人共日記をつけてゐるから、乃公だつてつけなくちや幅が利かない。…

室生犀星

ゆきふるといひしばかりの人しづか

中村憲吉

篠懸樹(ぷらたぬす)かげを行く女(こ)が眼蓋(まなぶた)に血しほいろさし夏さりにけり

中野重治「歌」

お前は歌ふな お前は赤まゝの花やとんぼの羽根を歌ふな 風のさゝやきや女の髪の毛の匂ひを歌ふな すべてのひよわなもの すべてのうそうそとしたもの すべての物憂げなものを撥(はぢ)き去れ すべての風情を擯斥せよ もつぱら正直のところを 腹の足しになると…

岩野泡鳴「耽溺」一九

「あなたは色気狂ひになつたのですか?―性根が抜けたんですか?―うちを忘れたんですか? お父さんが大変おこつてらツしやるのを知らないんでせう?―」 「……」僕は苦笑してゐる外なかつた。 「こんな児があつても」と、かの女は抱き児が泣き出したのをわざと…

久保田万太郎

竹馬やいろはにほへとちり〴〵に

新井洸

人間のいのちの奥のはづかしさ滲み来るかもよ君に対(むか)へば

三好達治「庭」

太陽はまだ暗い倉庫に遮ぎられて、霜の置いた庭は紫いろにひろびろと冷たい影の底にあつた。その朝私の拾つたものは凍死した一羽の鴉であつた。かたくなな翼を綞の形にたたむで、灰色の瞼をとぢてゐた。それを抛げてみると、枯れた芝生に落ちてあつけない音…

森田草平「煤煙」

日が落ちて、空模様の怪しく成つた頃である。東海道線の下り列車は、途中で故障を生じたので、一時間余りも後れて岐阜駅へ着いた。車掌が「ぎふ、ぎふ」と呼びながら、一つ宛車輛の戸を開けて行く。其後から、乗客は零れる様にプラツトフォームへ降りて、先…

富安風生

みちのくの伊達の郡の春田かな

片山広子

ああ我は秋のみそらの流れ雲たださばかりにかろくありたや

北川冬彦「戦争」

義眼の中にダイヤモンドを入れて貰つたとて、何にならう。苔の生えた肋骨に勲章を懸けたとて、それが何にならう。 腸詰をぶら下げた巨大な頭を粉砕しなければならぬ。腸詰をぶら下げた巨大な頭は粉砕しなければならぬ。 その骨灰を掌の上でタンポポのやうに…

正宗白鳥「塵埃」

「原稿出切」と二面の編輯者は叫んで、両手を伸し息を吐き、やがてゆらり/\と、ストーブの側へ寄つた。炎々たる火焔の悪どく暑くるしいストーブを煙草の煙で取り捲いて、破れ椅子に座してゐるもの、外套のまゝで立つてゐるもの、議会の問題や情夫殺しの消…

芥川龍之介

水涕(みずばな)や鼻の先だけ暮れ残る

柳原白蓮

誰か似る鳴けようたへとあやさるる緋房の籠の美しき鳥

安西冬衛「理髪師」

私は鏡の中にきちんと蔵はれてゐる、白い敷布(シーツ)の壮烈な玉座に。だが、親方は一向そんな「悲壮」には同情を持合せて呉れない風である。だから、私を昆虫の標本のように、硝子の額縁の中へピンでぐつと刺留ると、もう逃げ出す気遣はないといふ了見でこ…

島村抱月「『破戒』を評す」

『破戒』はたしかに我が文壇に於ける近来の新発現である。予は此の作に対して、小説壇が始めて更に新しい廻転期に達したことを感ずるの情に堪えぬ。欧羅巴に於ける近世自然派の問題的作品に伝はつた生命は、此の作に依て始めて我が創作界に対等の発現を得た…

臼田亜浪

鵯(ひよどり)のそれきり鳴かず雪の暮

北原白秋

君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ