2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧

中村草田男

萬緑の中や吾子の歯生え初むる

前田夕暮

自然がずんずん体の中を通過する――山、山、山

関根弘「絵の宿題」

魚は誰のもの。 私、と魚が云いました。 ところが 漁師が魚をつかまえた。 ここに描いて下さい 魚をつかまえた漁師を。

徳田秋聲「あらくれ」

お島が養親(やしなひおや)の口から、近いうちに自分に入婿の来るよしをほのめかされた時に、彼女の頭脳(あたま)には、まだ何等の分明(はつきり)した考へも起つて来なかつた。 十八になつたお島は、その頃その界隈で男嫌ひといふ評判を立てられてゐた。そんな…

星野立子

美しき緑走れり夏料理

今井邦子

ぬば玉の闇に息づくほたる火の心も弱く我も息づく

田村隆一「立棺」II冒頭

わたしの屍体を地に寝かすな おまえたちの死は 地に休むことができない わたしの屍体は 立棺のなかにおさめて 直立させよ 地上にはわれわれの墓がない 地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

中里介山「大菩薩峠」

大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐国東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ、上下八里にまたがる難所がそれです。 標高六千四百尺、昔、貴き聖が、この嶺の頂に立って、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと祈って…

橋本多佳子

螢籠昏(くら)ければ揺り炎(も)えたゝす

前川佐美雄

ひじやうなる白痴の僕は自転車屋にかうもり傘を修繕にやる

大岡信「春のために」

砂浜にまどろむ春を掘りおこし おまえはそれで髪を飾る おまえは笑う 波紋のように空に散る笑いの泡立ち 海は静かに草色の陽を温めている

中勘助「銀の匙」

夜店のうちでほほづき屋は心をひくもののひとつであった。歯車のついた竹筒をぶいぶいとまはしながら 「ほほづきやーい ほほづき」 と呼ぶ。簀の子にしいたひばの葉のうへに赤、青、白、いろいろなほほづきをならべて、雫がほとほとしたたつてゐる。団扇の形…

中村汀女

外(と)にも出よ触るゝばかりに春の月

相馬御風

大そらを静に白き雲はゆくしづかにわれも生くべくありけり

谷川俊太郎「二十億光年の孤独」

人類は小さな球の上で 眠り起きそして働き ときどき火星に仲間を欲しがつたりする 火星人は小さな球の上で 何をしてるか 僕は知らない (或はネリリし キルルし ハララしているか) しかしときどき地球の仲間を欲しがつたりする それはまつたくたしかなことだ

田村俊子「女作者」

この女作者の頭脳(あたま)のなかは、今までに乏しい力をさんざ絞りだし絞りだし為(し)てきた残りの滓でいつぱいになつてゐて、もう何(ど)うこの袋を揉み絞つても、肉の付いた一と言も出てこなければ血の匂ひのする半句も食(は)みでてこない。暮れに押し詰つ…

松本たかし

チヽポヽと鼓(つづみ)打たうよ花月夜(はなづくよ)

木下利玄

舂(うすづ)ける彼岸秋陽に狐ばな赤々そまれりここはどこのみち

高村光太郎「「ブランデンブルグ」」

岩手の山山に秋の日がくれかかる。 完全無缺な天上的な うらうらとした一八〇度の黄道に 底の知れない時間の累積。 純粋無雑な太陽が バツハのやうに展開した (中略) おれは自己流謫のこの山に根を張つて おれの錬金術を究尽する。 おれは半文明の都会と手…

水上滝太郎「山の手の子」

お屋敷の子と生れた悲哀(かなしみ)を、沁み々々(〴〵)と知り初(そ)めたのは何時(いつ)からであつたらう。 一日(ひとひ)一日と限り無き喜悦(よろこび)に満ちた世界に近付いて行くのだと、未来を待つた少年の若々しい心も、時の進行(すゝみ)に連れて何時かしら…

阿波野青畝

葛城の山懐(やまふところ)に寝釈迦かな

釈迢空

人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。 旅寝かさなるほどのかそけさ

金子光晴「洗面器」

洗面器のなかの さびしい音よ。 くれてゆく岬(タンジョン)の 雨の碇泊(とまり)。 ゆれて、 傾いて、 疲れたこころに いつまでもはなれぬひびきよ。 人の生のつづくかぎり 耳よ。おぬしは聴くべし。 洗面器のなかの 音のさびしさを。

武者小路実篤「お目出たき人」

一月二十九日の朝、丸善に行つていろ/\の本を捜した末、ムンチと云ふ人の書いた『文明と教育』と云ふ本を買つて丸善を出た。出て右に曲つて少し来て四つ角の所へ来た時、右に折れやうか、真直ぐ行かうかと思ひながら一寸と右の道を見る。二三十間先に美し…

高野素十

方丈の大庇(びさし)より春の蝶

古泉千樫

秋さびしもののともしさひと本の野稗の垂穂瓶にさしたり

福永武彦「薔薇」

金の調べに死にたえる光 くれなゐの空の想ひを残し 天の座に静けさを染める星 地のはての大きな谷をわたり

柳田国男「遠野物語」序

此話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分折々訪ね来り此話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手には非ざれども誠実なる人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じたるまゝを書きたり。

山口誓子

夏草に汽罐車の車輪来て止る

会津八一

しぐれのあめいたくなふりそ金堂のはしらのまそほ壁にながれむ