2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧
「何かいい場面を撮れたかい?」 「いくつかね。戦車を撮ったよ」 「戦車か」苦々しげに言った。「あの豚どもめ。臆病者めらが。あんたは死なないように注意しろよ。作家なんだからな、本来」 「いまは書けないがね」 「あとで書けばいい。あとでみんな書け…
人間というやつは希望と楽観論にしばしば騙されるものなのである。
おれたちにはみな、生れたときから固有の才能が備わっているんだろう、と彼は思った。それぞれが暮らしを立てている、その在り様(よう)こそ、才能のしからしむるところなのだ。おれはこれまで、自分の活力をさまざまな形で売ってきた。人間というやつは、あ…
おれは自分で自分の才能をぶち壊したのだ。そう、それを使わないことによって、自分と自分の信念を裏切ることによって。自分の感性の触手を鈍らせるほど酒を飲むことによって。怠惰によって。安逸によって。それから、俗物根性によって。誇りと偏見によって…
嘘をつくというより、むしろ、語るべき真実がなくなってしまった、と言ったほうがいい。
「驚いたことに、痛みが消えてしまうんだ」彼は言った。「それでわかったよ、とうとうきたか、と」
ふだんから、一日の終りに父親を想うことはまずない。一日の終りはいつも自分だけのものであって、そうでないと落ち着かないのだ。父の思い出が甦ってくるのは、秋か早春だった。
「馬鹿を言いなさんな。教育は人民の阿片だろう。そいつは、あんたも承知しているはずだぞ。あんたもすこしは教育を受けただろうが」
パンが人民の阿片なのだ。これはずっと覚えていられるだろうか? 昼間になっても、それは筋が通るだろうか? パンが、人民の阿片なのだ。
しかし、戦場の臭いは、一つの恋が終ったときのように、完全に忘れてしまう。恋の最中に起きたあれこれは覚えていても、そのときの興奮は正確に思いだせないのと同じである。
「だからさ、きみの学生時代は人生で最高の日々だったかい?」
兵士3:さあ、兵舎にもどろうぜ。今夜は最低の気分だよ、おれは。 兵士2:この町に長くいすぎたんだよ、おまえは。 兵士3:いや、それだけじゃないさ。とにかく、最低の気分なんだ。 兵士2:この町に長くいすぎたんだ、おまえは。それだけさ。
兵士2:わかってないんだな、おれの言ってることが。立派だったかどうかなんて問題じゃないんだ。問題は、いざというときになったら、さ。いよいよ釘を打ちつける段になったら、可能な限り、それを逃れようとしないやつなどいるもんか。
「あの山並み、白い象みたい」彼女は言った。 「白い象なんて、一度も見たことないな」男はビールを飲んだ。 「ええ、ないでしょうね、あなたは」 「いや、あるかもしれないぞ」男は言った。「おれが見たことないときみが言ったからって、そのとおりとは限ら…
「とにかく、猫がほしいわ」彼女は言った。「猫がほしい。いますぐに猫がほしい。髪をのばして楽しめないなら、せめて猫を飼ったっていいじゃない」
どんな悲劇でもけっして喜劇を抹殺できるものではなく、この二つは平行するものだということは仕合わせである。
「0+0+0=0ということほど人にわからせにくいことはありません。どんなに奇妙なことでも、連続して起こると、人はそれを信じるものです。マクベスが三人の魔女の三つの言葉を信じたのもそのためです。もっとも、第一の言葉はマクベス自身が知っていたこと…
ブラウン神父はくじけてなどいないのである。それどころか、例の寸づまりの蝙蝠傘をたずさえて、よちよち歩きながら世界を渡り歩いている、そのなかに生きている人びとの大半を愛しながら、そして世界を自分の裁き手としてではなく伴侶として受けいれながら。
「ここという言葉にも色々の意味がある」と神秘宗教家が答えた。「しかし、わしはここにあるとは申さぬ。見ることができると言っただけじゃ」 ※太字は出典では傍点
「ひとりきりで笑える人間には二とおりあります。大ざっぱに言って、ひとり笑いする人間は非常な善人か非常な悪人です。つまり、自分の冗談を内緒で神様に打ち明けているか、でなければ悪魔に打ち明けているのですからな。どちらにしても、そんな人には内面…
「世の中には繊細な良心を持っている人はいくらもいます。しかし、そういう人でもたいていは、いざとなると暖か味のない処世の常識を楯に取って自分に怪我のないようにするこつを心得ています」 ※太字は出典では傍点
「誰もが気がついていながら、みんな何も気がつかないふりをしているみたいです」
「念頭にないような女性に用心なさい。それも男以上にな」
「あなたはこれを信じているんだな」と言った。「ありとあらゆることを信じている! だれでもみんなあらゆることを信じている――あらゆることを否定しているときでさえも。否定する者は信じている。不信者もまた信じている。こういう矛盾はじつは矛盾してはい…
「わたしが疑っているのは超自然的な部分じゃない。その自然の部分なのですよ。不可能なことは信じられるが、ありそうもないことは信じられぬと言った人がありますが、まさにわたしもそれですな」 「いわゆる逆説というやつですね?」と相手。 「わたしに言…
「世間の人たちは、あれこれなんでも、実証されていない主張をたやすくうのみにしてしまう。これにかかったら、おなじみの合理主義も懐疑主義も沈没です。まったく海の波のように押しよせてくる。その名は迷信という」
帝国主義の警察というのは、だいたいがロシアの秘密警察に案外に近い
この世には聖職者よりも聖職者らしい俗人がよくいるものだ
「わたしはどうもわからないのだが、どんなものだろう、裏切りを二度かさねた者は裏切りの罪が軽くなるものかどうか」
「だいたいあいまいな思いつきというものはしごくたいせつなのです。わたしはそう思う。証拠にならないようなことがわたしには決め手になるのです。性格的に不可能だということほど大きな不可能性はないと思うのです。いや、だからと言って、ブルノワ氏がよ…