2009-01-01から1ヶ月間の記事一覧
「あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。こういうことさ。人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際…
「何故本ばかり読む?」 僕は鰺の最後の一切をビールと一緒に飲みこんでから皿を片付け、傍に置いた読みかけの「感情教育」を手に取ってパラパラとページを操った。 「フローベルがもう死んじまった人間だからさ。」 「生きてる作家の本は読まない?」 「生…
「いいのよ。そもそもここは私の居るべき場所じゃないのよ」
しかし自分が本当に一流の人間になれるという確信が私にはどうしても持てなかった。一流の人間というのは普通、自分は一流の人間になれるという強い確信のもとに一流になるものなのだ。自分はたぶん一流にはなれないだろうと思いながら事のなりゆきで一流に…
「人間は誰でも何かひとつくらいは一流になれる素質があるの。それをうまく引き出すことができないだけの話。引き出し方のわからない人間が寄ってたかってそれをつぶしてしまうから、多くの人々は一流になれないのよ。そしてそのまま擦り減ってしまうの」
何度も言うように、理解されないということが、私の存在理由だったのである。
永いあいだ、私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた。
この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。
「樹木ノ魂」ヨ、植物ニ属スル者ラニハ、マタ「鯨ノ魂」ヨ、海上ノ巨大ナ哺乳類ニハ、アノヨウニ性急デイジマシイ性欲ノ処理ハ、オロカシイバカリカ、ミニクク見エルカモ知レナイ。シカシ、アノ少年ト小娘ノ没頭ブリニハナニカ独自ナモノガアッテ、ソレハワ…
「作家か? 確かに連中が、まさに本当の事に近いことをいって、しかも撲り殺されもせず、気狂いにもならずに、生きのびることはあるかもしれない。連中は、フィクションの枠組でもって他人を騙しおおす。しかし、フィクションの枠組をかぶせれば、どのように…
安らぎと屈辱と恐怖を感じながら彼は、おのれもまた幻にすぎないと、他者がおのれを夢みているのだと悟った。
「あなたは死んだ方がよかったんだ」とショーヴァンが言った。 「もう死んでるわ」とアンヌ・デバレードは言った。
他人のきげんをそこなう危険は、何よりも物事がそのままで通ったか気づかれなかったかを見わけることの困難から生じるのだから、われわれは用心してすくなくとも自己のことはけっして語らないほうがいいだろう、なぜなら、自己の問題では他人の見解とわれわ…
「わしは何もかも知りたいと思ったが、結局わしにわかったのは、自分がこの世で余計な人間だということでしたよ」
自殺を想うことは強い慰藉剤である。これによって数々の悪夜が楽に過ごされる。
一生のうちいちばん大事なことは、職業の選択である。ところが、偶然がそれを左右するのだ。
そして、この目立たなさと突きとめにくさのなかで、世間というものがその本格的な独裁権を発揮する。われわれは、ひともするような享楽や娯楽を求め、ひともするように文学や芸術を読み、鑑賞し、批評し、そしてまた、ひともするように「大衆」から身をひき…
こうしたオリエントの「イメージ」がイメージであるゆえんは、それが本来収拾がつかぬほど散漫な、ある巨大な実体を表象=代表することによって、この実体を人間に把握可能な可視的なものにするという点にある。
「あの人、いつもいつも私のことを傷つけるのよ。でもあの人、そのこと全然わかってないのよ。そして私のことを好きなのよ。そうでしょう?」 「そのとおりだよ」 「私どうすればいいの?」 「成長するしかない」 「したくない」 「するしかないんだ」と僕は…
友達 お茶なんかどうだつて好いから、おかけなさい。 妹 でもお茶が濃いほどあなたはやさしくなるんですもの。(パイを切る)
なぜ、あなたは 私を母の胎(たい)から出されたのですか。 私が息絶えていたら、 だれにも見られなかったでしょうに。 私が生まれて来なかったかのように 母の胎から墓に運び去られていたら よかったものを。 私の生きる日はいくばくもないのですか。 それで…
日記をつけることの一つの利点は、いろいろな変化をはっきりと意識して気を落ち着けることができる、ということにある。つまり、人は日記のなかでこれらの変化にたえず服従し、概してそれらを自然なものであると信じ、予感し、承認するが、しかしそのような…
彼女は読書した。というかむしろ(モンマルトルのえせ画家がふたりをかいた絵では、姉は刺繍の仕事に没頭し、彼女は黄色い表紙の本を手に肘掛椅子に腰かけ、その本を顔の高さの読みやすい距離にひろげていて)、本のページを繰るのだった。
聞こえないのさんざめく水(みず)で。さらさらめく水で。ひらひらめく蝙蝠(こうもり)たち。野鼠(のねずみ)たちが話(はなし)をじゃまするの。ねえ! 家(いえ)へ帰ってとどまろうてんじゃないのかい? なあに、トム・マロウン? 聞こえないの蝙蝠のじゃまで、佐…
小島。僕は戀といふものの事を考へてゐたのです。一體戀といふものは、笛の歌口を強く吹き込むやうに、一人の女を劇しく戀ふるのが本當の戀でせうか。それともピアノの鍵盤の上に指を走らするやうに、女の脣から脣へ早く移つて行つて、其間に諧音を見出すの…
女。わたしはもう一遍人間に生れて見ようと思ふわ。
男。併(しか)し影が形に添ふやうに妬(ねたみ)は戀(こひ)を離れない。現在に妬むべき事がなければ、未來に妬むべき事を求める。未來に妬むべき事がなければ、過去に妬むべき事を求める。男が妬まなければ、女が妬む。女が妬まなければ、男が妬む。戀の相手の…
男。だがね、お前は女性だよ。女性といふ不可抗力だよ。 女。そんなわけの物でせうか。 男。それが自然なのだ。
怪しき少女(をとめ)。(依然として柱に凭りて身じろきせず。忽ち透き徹る如く朗かなる聲にて。)まだ足跡(あしあと)が消えませんのね。消えないうちは踏んで入(い)らつしやい。(間。)足跡はいつか消えますのね。
安達。侍の意氣地(いきぢ)では、切死(きりじに)をするも好(い)い。腹を切つて死ぬるも好い。併(しか)し命を惜みさへしなければ、死ななくても好いのです。それも再び世に出たい、身を立てたいと思ふのを目當(めあて)にしてながらへてゐるのが好いと云ふので…