2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

長田弘「世界は一冊の本」(全)

本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。 書かれた文字だけが本ではない。 日の光り、星の瞬き、鳥の声、 川の音だって、本なのだ。 ブナの林の静けさも、 ハナミズキの白い花々も、 おおきな孤独なケヤキの木も、本だ。 本でないものはな…

アントナン・アルトー「ぼくは生きていた」(全) (篠田一士 訳)

ぼくは生きていた それ以来ずっと生きていた ぼくは食べたろうか いやいや しかし腹がへるとぼくはからだごと退歩した だからわが身を食う必要もなかったのだ だがなにもかもが崩れてしまった 珍奇な手術が行なわれた ぼくは病人ではなかった いつもぼくはか…

ジルベール・ルコント「結構な生涯」(全) (伊藤晃 訳)

僕は老人のように生まれた 僕は豚のように生まれた 僕は神様のように生まれた 僕は死人のように生まれた そんなところが関の山 僕は豚のよう楽しんだ 僕は老人のように楽しんだ 僕は死人のように楽しんだ 僕は神様のように楽しんだ 大して結構なこととも思わ…

エバハート「人間はさびしい生きもの」(抄) (田村隆一 訳)

苦痛こそなくてはならないものだという考えが ぼくの心にのしかかる。肉体はいうことをきかない。 不従順は生(せい)のみごとな花。 人間はさびしい生きもの。

ニーチェ「朝は過ぎて」(全) (原田義人 訳)

朝は過ぎて、真昼が 熱した眼差(まなざし)で頭を灼きつける。 しばし木陰に憩い、 友情の歌をうたおう。 友情は人生の曙であった。 それはまた、ぼくらの夕焼けとなるであろう。

アレイクサンドレ「少年」(全) (荒井正道 訳)

しずかに きみは 来るだろう 行くだろう べつの道から べつの道へ きみを見に そしてこんどは きみを見ない 一つの橋から もう一つの橋へ 行く ――短い足 光は快活に敗北 水流の下の水を見る ぼくにちがいない少年 鏡の中に きみの通過が あり そして なくなる

ハウスマン「黄昏への道」(抄) (竹内英之助 訳)

光を求める者は、 暗闇の中へと突き進まねばならぬ。 恐怖をつのらせるものが 救いをつくりだす源となる。 もはや意味の量られぬところで はじめて意味が権威を持つ。 道の尽きたところに 道が始まる。

ランドー「残り葉」(抄) (上田和夫 訳)

冬はもうすぐくるだろう。やがて旧(ふる)き友らの 相つどう炉火のかたえに(年ごとにせばまる) そのひとめぐりがやってくる。 さあ、み空はかげる。 春も夏もともに去った。 そしてすべてはかぐわしい。

アンリ・ミショー「海」(全) (小海永二 訳)

わたしの知っているもの、わたしのもの、それは涯しない海だ。 二十一歳、わたしは街の生活を逃げ出した。雇われて水夫になった。船の上には仕事があった。わたしは驚いた。それまでわたしは考えていたのだった、船の上では海を見るのだ、いつまでも海を見る…

井坂洋子「朝礼」(全)

雨に濡れると アイロンの匂いがして 湯気のこもるジャンパースカートの 箱襞に捩れた 糸くずも生真面目に整列する 朝の校庭に 幾筋か 濃紺の川を流す要領で 生白い手足は引き 貧血の唇を閉じたまま 安田さん まだきてない 中橋さんも 体操が始まって 委員の…

富岡多恵子「静物」(全)

きみの物語はおわった ところできみはきょう おやつになにを食べましたか きみの母親はきのう云った あたしゃもう死にたいよ きみはきみの母親の手をとり おもてへ出てどこともなく歩き 砂の色をした河を眺めたのである 河のある景色を眺めたのである 柳の木…

吉原幸子「子守唄」(全)

もう ねむりながらほほゑんだりすることは できないかもしれない 生きることが 好きだったのに たった三十年で 突然 あきてしまった なぜ生んだ とひらきなほる 不満だらけのにんげんに ゲンバク反対ができるものか と思ってゐました さて じぶんの分だけあ…

川崎洋「鉛の塀」(全)

言葉は 言葉に生まれてこなければよかった と 言葉で思っている そそり立つ鉛の塀に生まれたかった と思っている そして そのあとで 言葉でない溜息を一つする

吉野弘「父」(全)

何故(なぜ) 生まれねばならなかったか。 子供が それを父に問うことをせず ひとり耐えつづけている間 父は きびしく無視されるだろう。 そうして 父は 耐えねばならないだろう。 子供が 彼の生を引受けようと 決意するときも なお 父は やさしく避けられてい…

田村隆一「四千の日と夜」(全)

一篇の詩が生れるためには、 われわれは殺さなければならない 多くのものを殺さなければならない 多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ 見よ、 四千の日と夜の空から 一羽の小鳥のふるえる舌がほしいばかりに、 四千の夜の沈黙と四千の日の逆光線…

北村太郎「朝の鏡」(抄)

朝の水が一滴、ほそい剃刀の 刃の上に光って、落ちる――それが 一生というものか。不思議だ。 なぜ、ぼくは生きていられるのか。曇り日の 海を一日中、見つめているような 眼をして、人生の半ばを過ぎた。 (中略) 朝の水が一滴、ほそい剃刀の 刃のうえに光…

永瀬清子「だまして下さい言葉やさしく」(抄)

だまして下さい言葉やさしく よろこばせて下さいあたゝかい声で。 世慣れぬ私の心いれをも 受けて下さい、ほめて下さい。 あゝ貴方には誰よりも私が要(い)ると 感謝のほゝゑみでだまして下さい。

藤原定「背中の湖」(全)

私は気が弱くて人の顔を正視できないので その人のうしろへ回って背中をみつめる 背中は正直でかくし立てせず 顔のように見てくれや強がりを言わない 背中には人間の悲しい運命が鋳込まれている 人はみな背中でじっと孤独に耐えている その人のために祈ろう…

中野重治「雨の降る品川駅」(全)

辛よ さようなら 金よ さようなら 君らは雨の降る品川駅から乗車する 李よ さようなら も一人の李よ さようなら 君らは君らの父母(ちちはは)の国にかえる 君らの国の川はさむい冬に凍る 君らの叛逆する心はわかれの一瞬に凍る 海は夕ぐれのなかに海鳴りの声…

北川冬彦「ラッシュ・アワア」(全)

改札口で 指が 切符と一緒に切られた

マルセル・プルースト『失われた時を求めて』(「囚われの女」) (井上究一郎 訳)

夢が実現されないことをわれわれは百も承知している、しかし欲望がなければわれわれはおそらく夢を描くこともないだろう、夢を描いてそれが挫折するのを見ること、そしてその挫折に教えられることこそ有益なのだ。

于武陵「勧酒」(井伏鱒二 訳) (全)

勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離 コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ

ウルズラ・ヌーバー『〈傷つきやすい子ども〉という神話 トラウマを超えて』(丘沢静也 訳)

だがたとえ、子どもの頃のトラウマの経験が鮮明で、ほかの人の証言があったとしても、現在かかえている困難や心理的問題が、子どもの頃の出来事と直接関係するとはかぎらない。この章でしめしたように、生物学的な素質、周囲の支え、プラスの経験などの働き…

西脇順三郎「旅人かへらず 二」(全)

窓に うす明りのつく 人の世の淋しき

松本清張『両像・森鷗外』

ついでに云うと、鷗外は抽齋伝で、抽齋以後を述べるのに際し「抽齋歿後第×年」というように抽齋歿年を基点としている。あたかも神武即位(皇紀)何年、キリスト誕生(西暦)何年というに似ているが、大正に至るまでの澀江家の数多い子孫を述べるとき、抽齋歿…

佐藤春夫「愚者の死」(全)

千九百十一年一月二十三日 大石誠之助は殺されたり。 げに厳粛なる多数者の規約を 裏切る者は殺さるべきかな。 死を賭して遊戯を思ひ、 民俗の歴史を知らず、 日本人ならざる者 愚なる者は殺されたり。 『偽より出でし真実(まこと)なり』と 絞首台上の一語そ…

アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン『「知」の欺瞞』(田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹 訳)

この本では、二つの異なった意味に解釈できる曖昧なテクストの例を数多く見てきた。このようなテクストは、読み方に応じて、正しいがかなり当たり前の主張か、過激だが明らかに誤った主張かのいずれかになる。そして、多くの場合、このような曖昧さは著者が…

山村暮鳥「風景 純銀もざいく」(全)

いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな かすかなるむぎぶえ いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんの…

厚田雄春/蓮實重彦『小津安二郎物語』

厚田 だから、鎌倉のお宅でのお通夜の晩だって、ぼくら小津組のスタッフは、仕事をかたずけてから小さな部屋にこもってわいわい盛り上ってたんです。誰も涙を流してしんみりしてた奴なんかいない。ところが原節子さんが来られたというんで、玄関に迎えに出て…

橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(「ハッピィエンドの女王――大島弓子論」)

〝愛〟とはまず、自分によって自分を認めることです。 人が何故〝愛〟を知ることが出来るのかといえば、自分を認め、理解し、受け入れたいからなのです。だから人は、〝愛〟を確信することが出来るのです。 〝愛〟とは、受け入れることなのです。 人は自分を…