2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧

谷川俊太郎『六十二のソネット』「45 (風が強いと)」

風が強いと 地球は誰かの凧のようだ 昼がまだ真盛りの間から 人は夜がもうそこにいるのに気づいている 風は言葉をもたないので ただいらいらと走りまわる 私は他処(よそ)の星の風を想う かれらはお互いに友達になれるかどうかと 地球に夜があり昼がある その…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

それからいきなり声が変わり、調子はずれの、ふたまわりも大きい、つんざくような声で、「そこでそのデジャニールがだな……」、そこでジョルジュ、「ヴィルジニーだよ」、そこでブルム、「なにが?」、そこでジョルジュ、「ヴィルジニーという名前だったんだ…

谷川俊太郎『六十二のソネット』「41 (空の青さをみつめていると)」

空の青さをみつめていると 私に帰るところがあるような気がする だが雲を通ってきた明るさは もはや空へは帰ってゆかない 陽は絶えず豪華に捨てている 夜になっても私達は拾うのに忙しい 人はすべていやしい生れなので 樹のように豊かに休むことがない 窓が…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

「……歴史は(というか、お望みなら愚かさ、勇気、誇り、苦しみといってもいいさ)検定ずみの教科書や血統書つきの家族用に、でたらめに押収し、消毒し、おまけに口あたりをよくした残りかすしかあとに残さないってわけで…… ところが実際のことはおまえにどこ…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

「そら出たな。《歴史》か。きっとそいつが出てくるなとおれもさっきから考えていたんだ。そのことばを待ちかまえてたんだ。こいつがおそかれ早かれいつか顔を出さないってことはめったにないことだからな。ドミニコ会派の神父の説教にかならず《摂理》とい…

谷川俊太郎『六十二のソネット』「37 (私は私の中へ帰ってゆく)」

私は私の中へ帰ってゆく 誰もいない 何処から来たのか? 私の生まれは限りない 私は光のように遍在したい だがそれは不遜なねがいなのだ 私の愛はいつも歌のように捨てられる 小さな風になることさえかなわずに 生き続けていると やがて愛に気づく 郷愁のよ…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

(つまり想像力を手段として、つまり彼らの記憶のなかに見いだせるかぎりのあらゆる、見たり聞いたり読んだりした知識をかきあつめ、組み合わせて――そこのぬれて微光をはなつレールや黒い貨車やずぶぬれの黒い松の木の影などにかこまれ、ザクセン地方の冬の…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

そこでジョルジュ「どうせ死ぬんだったらせめてもうすこし待てよ。犬死にならないようにな。せめて勲章でももらえるといいな」、そこでブルム「凍死するのと、勲章をもらって死ぬのと、どう違うっていうんだ?」、そこでジョルジュ「考えるからちょっと待て…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

「もっとも」と、彼は考えるのだった「もしかしたらもう明日になっているのかもしれず、それどころかおれたちがここを通ってからおれの気がつかないうちに何日も何日もたってしまっているのかもしれない。彼にいたってはなおさらそんなことには気がつくまい…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

「だがこれとおなじものをどこかで見たことがあるぞ。たしかに見おぼえがある。だがいつかなあ? そもそもどこだったろう?……」

谷川俊太郎『六十二のソネット』「31 (世界の中の用意された椅子に坐ると)」

世界の中の用意された椅子に坐ると 急に私がいなくなる 私は大声をあげる すると言葉だけが生き残る 神が天に噓の絵具をぶちまけた 天の色を真似ようとすると 絵も人も死んでしまう 樹だけが天に向かってたくましい 私は祭の中で証(あか)ししようとする 私が…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

ジョルジュとブルムはいまは納屋の戸口につっ立って、壁のくぼみに雨を避けながら、ド・レシャックが一団の男たちといい争っているさまを見ており、その男たちはさかんに身ぶり手まねをまぜ、興奮し、顔をつきだしてしゃべっていて、ひとつにまざったその声…

谷川俊太郎『六十二のソネット』「11 沈黙」

沈黙が名づけ しかし心がすべてを迎えてなおも満たぬ時 私は知られぬことを畏れ―― ふとおびえた 失われた声の後にどんな言葉があるだろう かなしみの先にどんな心が 生きることと死ぬことの間にどんな健康が 私は神――と呟きかけてそれをやめた 常に私が喋ら…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

したがってそれほど恋のことなど問題ではなく、でなければあるいは恋とは――情熱とは――まさしくそうしたもの、そんな声のないなにか、なにひとつ口に出されず――形さえなさない――あの心の躍動、あの嫌悪感、にくしみの衝動なのかも知れず、したがって身ぶりと…

谷川俊太郎「静かな雨の夜に」

いつまでもこうして坐って居たい 新しい驚きと悲しみが静かに沈んでゆくのを聞きながら 神を信じないで神のにおいに甘えながら はるかな国の街路樹の葉を拾ったりしながら 過去と未来の幻燈を浴びながら 青い海の上の柔かなソファを信じながら そして なによ…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

そこでぼくが鏡を遠ざけると、ぼくのというかむしろそのくらげのような顔がぐらつき飛び去り納屋の奥の栗色の闇に吸いこまれでもしたみたいで、ほんのちょっとした角度の変化が鏡に映った像にあたえるあの稲妻のようなすばやさで見えなくなりそのあとぼくの…

谷川俊太郎「ネロ――愛された小さな犬に」

ネロ もうじき又夏がやってくる お前の舌 お前の眼 お前の昼寝姿が 今はっきりと僕の前によみがえる お前はたった二回程夏を知っただけだった 僕はもう十八回の夏を知っている そして今僕は自分のや又自分のでないいろいろの夏を思い出している メゾンラフィ…

クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

そして彼の父は依然として、まるで自分自身に話しかけでもするようにしゃべりつづけ、あの何とかという哲学者の話をしていたが、その哲学者のいうところによれば人間は他人の所有しているものを横どりするのに二つの手段、戦争と商業という二つの手段しか知…

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン おれはこのままじゃとてもやっていけない。 ヴラジーミル 口ではみんなそう言うさ。 エストラゴン 別れることにしたら? そのほうがいいかもしれない。 ヴラジーミル それより、あした首をつろう。(間)ゴドーが来れば別だが。 エストラゴン …

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ヴラジーミル わたしは眠ってたんだろうか、他人が苦しんでいるあいだに? 今でも眠ってるんだろうか? あす、目がさめたとき、きょうのことをどう思うだろう? 友達のエストラゴンと、この場所で、日の落ちるまで、ゴドーを待ったって? ポッツォが、お供を…

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ポッツォ しかし、あれは啞(おし)だよ。 ヴラジーミル 啞? ポッツォ そうとも。うめくこともできない。 ヴラジーミル 啞って! いつから? ポッツォ (急に激怒して)いいかげんにやめてもらおう、時間のことをなんだかんだ言うのは。ばかげとる、全く。い…

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン とにかく、起きることにしたら。 ヴラジーミル やってみるか。 二人、起き上がる。 エストラゴン 思ったほど、むずかしかない。 ヴラジーミル 要するに意志の問題さ。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン こいつ一人で全人類やってる。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ヴラジーミル もう、わたしたちだけじゃない、夜を待つのも、ゴドーを待つのも、それから――とにかく、待つのにだ。さっきからずっと、わたしたちは、自分たちだけで全力をつくして戦ってきた。だが、それは終わった。もうこれで、あしたになったも同然だ。 …

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン そこでどうだ? おれたちは幸福だ、と、こう考えることにしたら? ヴラジーミル 恐ろしいのは、もう考えてしまったということだ。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ヴラジーミル 考えるってのは、必ずしも最悪の事態じゃない。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ヴラジーミル (もったいぶって)人おのおの小さき十字架を背負いか。(ため息)つつましく暮らして、だが、行きつく先は。 エストラゴン まあ、それまで、興奮しないでしゃべることにしよう。黙ることはできないんだからな、おれたちは。 ヴラジーミル ほん…

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ポッツォ どうも……(ためらう)……立ち去りがたい。 エストラゴン これが世の中ですよ。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

エストラゴン なんにも起こらない、だあれも来ない、だあれも行かない。全くたまらない。

ベケット『ゴドーを待ちながら』(安堂信也 高橋康也 訳)

ポッツォ (沈黙)だが(お説教をするような手つきで)――だが、その静けさ、優しさのベールの陰に(目を空に向ける。ラッキーを除いて二人ともそれをまねる)夜は疾足(はやあし)でやってくる。(声が震えてくる)そしてわれわれに飛びかかる。(指をピシリと…