2013-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ジョージ・ギッシング『三文文士』

最後の巻は十四日で書き上げた。これをやり遂げたリアドンはまさに英雄的ですらあった。というのも、単なる創作上の苦労だけでなく、他に闘わなければならない難敵があったからだ。執筆を始めるが早いか、突然の腰痛が彼を襲った。二、三日間は机の前で身を…

ウィリアム・クーパー『田舎暮らしの情景』

「ねえダーリン、窓から離れた方がいいと思わない?」 「どうして?」 「あなた、何も着ていないじゃない」 「その方がいいじゃないか……」。彼女のデリカシーを尊重して、私は窓をばたんと乱暴に閉めて自分の言葉の続きをかき消した。 彼女は笑顔でこっちを…

ドナルド・バーセルミ「教えてくれないか」(『帰れ、カリガリ博士』より)

ヒューバートはクリスマスに素敵な赤ん坊をチャールズとアイリーンにプレゼントした。赤ん坊は男の子で、ポールといった。何年も子供ができなかったチャールズとアイリーンはとても喜んだ。二人でベビーベッドのまわりに立って、ポールを眺めた。いくら眺め…

ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』

しかしながら、十一日目、リドゲイトはストーン・コートを出る際にヴィンシー夫人に用事を頼まれた。フェザーストーン氏の容体が急変したことを亭主に知らせ、さらに亭主をストーン・コートに呼んできて欲しいというのである。リドゲイトは直接倉庫に立ち寄…

アーノルド・ベネット『老妻物語』

そこまで近づいて見てみると、彼女の顔は、その果実のような頰に普通はほとんど目に入らぬほどの色合いをたたえ、驚くほど美しかった。黒っぽい瞳にはえも言われぬ霞がかかり、その胸に秘められた忠誠心が自分に向かっているのを彼は感じた。彼女は恋人より…

リオノーラ・キャリントン『耳らっぱ』

私は会釈しながらその場を離れようとしたが、膝があんまりがくがく震えるせいで、階段の方へ進む代わりに、カニのように横ばいになって、ずんずんずんずん鍋に近づいてしまった。私が十分近くまで来ると、彼女は突然、先の尖ったナイフを私の背中に突き刺し…

イーヴリン・ウォー『一握の塵』

彼はロビーに出て、電話のあるところへ行った。「ダーリン」と彼は言った。 「ミスター・ラストでいらっしゃいますか? レイディ・ブレンダから伝言を承っております」 「じゃ彼女につないでくれ」 「ご本人はいまちょっとお話ができませんで、伝言をお伝え…

ジェイムズ・ジョイス「イーヴリン」

……彼女には幸せになる権利があった。フランクは自分を抱きしめてくれるだろう。その腕の中に包み込んでくれるだろう。 * 彼女はノース・ウォールの駅の中でうごめく群衆の中に立っていた。彼は彼女の手を握っており、彼女は彼が自分に何かを語りかけているこ…

ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』

第一章 女ゆえに善を成すことも能わず、 絶えずそれに近いものに手を伸ばすのです。 ボーモントとフレッチャー『乙女の悲劇』

サー・ウォルター・スコット『ミドロージアンの心臓』

第七章 我、恋人に見捨てられたるなれば、 夜具に横たわることなく、 アーサーの玉座を臥所とし、 聖アントンの泉から飲み水を汲まん。 『古謡』

ロレンス・スターン『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』

第十章 階段を降りる間の出来事に二章もかけるなんてみっともなくはないか? 第一、ようやく最初の踊り場にさしかかったばかりで、下に着くまでにはまだ十五段もあるのだ。それに、どうやらうちの親父とトウビー叔父が黙っていられないらしく、そうなると階…

トバイアス・スモレット『ロデリック・ランダムの冒険』

第二章 私は成長し――親族から憎まれ――学校に送られ――祖父から疎外され――教師に虐待され――逆境に慣れ――衒学者に反抗を企て――祖父の許への出入りを禁じられ――祖父の跡継ぎから追い立てられ――その家庭教師の歯を折る。

グレアム・グリーン『事件の核心』

つるつるのピンク色の両膝を鉄細工に押し当てて、ウィルソンはベッドフォード・ホテルのバルコニーに座っていた。日曜日で、朝課を告げる大聖堂の鐘がけたたましく鳴っていた。ボンド・ストリートの向こう側、高校の建物の窓辺に、紺の制服を着た黒人の少女…

カズオ・イシグロ『日の名残り』

「叔母のお友だちのジョンソン夫人からですわ。おととい叔母が亡くなったそうです」。彼女は言葉を切って、それからまた言った。「明日がお葬式です。一日お休みを頂いてさしつかえございませんでしょうか」 「ええいいですとも、何とかなりますよ、ミス・ケ…

ヘンリー・ジェイムズ『使者たち』

とても幸せそうな二人であるというのが、知らず知らずのうちに彼が抱いていた印象であった――それは、どこか別のところから遊覧を楽しみつつ漕ぎ出してきたとおぼしきシャツ姿の若者とおっとりとした若い美人であり、土地感があるために、この人目につかぬ場…

ジョン・アップダイク『走れウサギ』

二人はティーの前に来る。芝生が平たく盛り上がり、そのかたわらにねじくれた果物の木が一本あって、固く青白い蕾のこぶしをつき出している。「僕が先にやった方がいいですね」とウサギは言った。「あなたは少し興奮していらっしゃるから」。彼の心臓は怒り…

サミュエル・バトラー『エレホン』

しかしながら、今までに得た確かな情報からして、ここには二種類の異なった通貨があって、それぞれ違った銀行と金融制度の下で取り扱われているらしい。そのうち、一方の(音楽銀行が関与している)制度の方が正式の制度で、その下ですべての金融取引を行う…

D・H・ロレンス『恋する女たち』

「あの馬鹿!」。アーシュラが大声で叫んだ。「どうして通りすぎるまで離れていないのかしら?」 グルドンは目を凝らし、黒い瞳を輝かせて魅入られたように彼を見つめていた。だが彼は顔をぎらつかせたまま、旋回しようとする雌馬を前に進ませるべく頑として…

ジョージ・オーウェル『一九八四年』

四月の明るく寒い朝、時計が十三時を打っていた。ウィンストン・スミスは、汚れた空気を吸い込まぬように顎を胸に押しつけるようにして、ヴィクトリー宿舎のガラスのドアを素早くすり抜けたが、それでも砂ぼこりが隙をついて舞い込むのを防ぐことはできなか…

ジョン・ファウルズ『フランス軍中尉の女』

その日、大きな防波堤は閑散と云うには程遠かった。漁師達は舟にタールを塗り、網を繕い、カニやエビを獲る籠を手入れしていた。もう少し上の階級の、早々と出かけて来た行楽客や地元の住民達は、依然潮は満ちてきているものの今や凪いでいる海の傍らをそぞ…

フェイ・ウェルドン『女ともだち』

クリスティーはその年ピカ一の独身男。冬の雪が何か月も固く積もり、ヨーロッパの半分が飢え、頭上の爆撃機が代わりに食糧をドイツへ運び、ガスの炎が小さく弱まっていき電球の光はちろちろ揺れ、見知らぬ者同士が暖を求めて体を寄せあうなか、クリスティー…

ヘンリー・フィールディング『ジョゼフ・アンドルーズ』

「おまえは一途になりすぎるんだ。そんなに熱を上げていると、もしその娘さんが神に召されるようなことになったら、今生の別れは相当につらからろう。なあ、よいか、キリスト教徒たるもの、俗世のものに心を留めてはならん。神の意思によって求められたら、…

マルカム・ブラドベリ『ヒストリー・マン』

話すことは山とある。「彼女の何が怖いの?」とフローラは訊いて、大柄な体をハワードの上にどっしりと乗せる。胸が彼の顔の前に迫ってくる。「たぶん、おたがい同じ領域で、近すぎるところで競争してるんだと思う」とハワードは言う。「納得はいく話さ。彼…

ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』

そして突然、彼らはみなふたたびその三つか四つの単純な音符を歌い出し、ダンスのステップをぐんぐん速めて、休息と眠りを逃れ、時間を追い越し、おのれの無垢を力で満たしていった。誰もが笑顔を浮かべていた。エリュアールは片腕で抱きかかえた女の子の方…

キングズリー・エイミス『ラッキー・ジム』

「ええと、さて。君、何というタイトルにしたんだっけな?」。ディクソンは窓の外を向いて、飛ぶように過ぎていく、雨多い四月のあとで明るく緑に染まった野原を眺めた。彼から言葉を奪ったのは、この三十秒間の会話の二重露光的効果ではなかった(そんなも…

ヘンリー・グリーン『生きる』

バーミンガム、ブライズリー。 二時。何千人もが街路ぞいに食事から戻ってきた。 「わしらに必要なのはひたすら前進押しまくることです」と工場長がデュプレ氏の息子に言った。「わしも連中に言っておるのですさあさっと仕事にかかれ早いとこ片付けちまえと…

ジョゼフ・コンラッド『陰影線』

「この主帆をしっかりと引き上げなきゃ駄目だ」。私は言った。影たちが無言のまま滑るように私のそばから離れていった。男たちはみな自分自身の幽霊であり、網にかかったその体重は、一団の幽霊の重みでしかなかった。かつて念力だけで引き上げられた帆があ…

VLADIMIR NABOKOV Lolita

Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee.Ta. She was Lo, plain Lo, in the morning, standing four feet…

ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』

ロリータ、わが人生(ライフ)の光(ライト)、わが腰部(ロインズ)の炎。わが罪、わが魂。ロ・リー・タ、舌の先端が口蓋を三段で跳ね降り、三段目で歯上タップしてみせる。ロ。リー。タ。 朝の彼女はロ、ただのロ、片足ソックスで四フィート十。スラックスをはけ…

ERNEST HEMINGWAY “In Another Country”

In the fall the war was always there, but we did not go to it any more. It was cold in the fall in Milan and the dark came very early. Then the electric lights came on, and it was pleasant along the streets looking in the windows. There wa…