太宰治『新ハムレット』

王妃。「いいえ、女だけでなく、私にはこのごろ、人間というものが、ひどく頼りなくなって来ました。よっぽど立派そうに見える男のかたでも、なに、本心は一様にびくびくもので、他人の思惑ばかりを気にして生きているものだという事が、やっとこのごろ、わかって来ました。人間というものは、みじめな、可哀そうなものですね。成功したの失敗したの、利巧だの、馬鹿だの、勝ったの負けたのと眼の色を変えて力んで、朝から晩まで汗水流して走り廻って、そうしてだんだんとしをとる、それだけの事をする為に私たちは此の世の中に生れて来たのかしら。虫と同じ事ですね。ばかばかしい。」