徳永直「太陽のない街」

      街
   一 ビラ
 電車が停った。自動車が停った。――自転車も、トラックも、サイドカアも、まっしぐらに飛んで来ては、次から、次へと繫がって停った。
 ――どうした?
 ――何だ、何が起ったんだ?
 密集した人々の、至極単純な顔と顔を、黄色っぽい十月の太陽が、ひどい砂埃りの中から、粗っぽくつまみ出していた。
 人波は、水溜りのお玉じゃくしの群のように、後から後から押して来ては揺れうごいた。
 ――御通過だ――摂政宮殿下の高師行啓だ!
 最前列の囁きは、一瞬の間に、後方へ拡がって行った。自動車は爆音をとめ、人は帽子を脱った。
 十五分あまりが経った時、最前列にいたものは金ピカの警部と、堵列した警官の挙手の間を五台の自動車が、フィルムの影のように音もなく走り去るのを見た。漆黒の幌に菊花の紋が一つ輝いて埃りっぽい光線の中に、キラリと群集の眼を射た。しかし、後方のものには警官の帽子が見えただけであった。