岸田國士「紙風船」

夫 (縁側の籐椅子に倚り、新聞を読んでゐる)
  「米国フラー建材会社のターナー支配人が一日目白文化村を訪れて、おゝロスアンゼルスの縮図よ! と申しましたやうに、目白文化村は今日瀟洒たる美しい住宅地になりました。」
妻 (縁側近く座布団を敷き、編物をしてゐる)なに、それは。
夫 (読み続ける)「四万坪の地区には、整然たる道路、衛生的な下水水道電熱供給装置テニスコート等の設備があり、多くの小綺麗なバンガローや荘重なライト式建築、さては、優雅な別荘風の日本建築などが、富士の眺めや樹木に富む高台一帯の晴れやかな環境に包まれて……」
  (新聞を投げ出し)おい、散歩でもして見るか。
妻 いゝから川上さんとこへ行つてらつしやいよ。
夫 是非行かなくつてもいゝんだよ。
妻 あたしは、思ひ立つた時すぐでなけれやいやなの。
夫 散歩か。
妻 散歩でもなんでも……。
   (間)