芥川龍之介「羅生門」

 或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。
 広い門の下には、この男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男の外にも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありさうなものである。それが、この男の外には誰もゐない。
 何故かと云ふと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云ふ災がつゞいて起つた。(中略)とうとうしまひには、引取り手のない死人を、この門へ持つて来て棄てゝ行くと云ふ習慣さへ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがつて、この門の近所へは足ぶみをしない事になつてしまつたのである。