薄田泣菫「白すみれ」

   一
忘れがたみよ、津の国の
遠里(とほざと)小野の白すみれ、
人待ちなれし木(こ)のもとに、
摘みしむかしの香(か)ににほふ。


   二
日は水の如(ごと)往(ゆ)きしかど、
今はたひとり、そのかみの
心知りなるささやきに、
物思はする花をぐさ。


   三
ふと聞きなれししろがねの
声(こわ)ざし柔(やは)きしのび音(ね)に、
別れのゆふべ、さしぐしみ
あえかのまみも見浮(みうか)べぬ。