フォード・マドックス・フォード『善良な兵士』

 これは私が耳にした最も悲しい物語である。私たちがナウハイムという町でアッシュバーナム夫妻と親密な付き合い――というよりはむしろ、「ゆったり」と「しっくり」を兼ね備えた、上等な手袋と手のような付き合い――を始めてから、季節が九回移り変わるだけの歳月が流れた。私たち夫婦にとって、大尉とアッシュバーナム夫人ほどよく知った友人はいなかったが、それでいながら、また別な意味で、彼らほど正体不明の人たちもいなかった。けだしこれは英国人相手でなければあり得ない逆説であろう。ここでこうして自分の頭の中にある悲しい物語を説明しようとしている今の今に至るまで、私には英国人というものがさっぱりわからないのだ。半年前まで私は英国に足を踏み入れたことがなく、そして当然のごとく、英国人の心の深みを覗き込んだことはなかった。それまで私が見ていたものは、ただの浅瀬でしかなかったのだ。