ベルクソン『思想と動くもの』(河野与一 訳)

不意に眼の前に差し迫った死の威嚇が現われてきた人びとには、崖から下へ滑る登山家や水に溺れる人や首を吊った人には、注意の急激な転換が生ずることがあるようです。――それまで未来に向けられて行動の必要に奪われていた意識の方向が変わったために、突然それらに対し関心を失うようなことが起こるようです。それだけでも十分に「忘れていた」何千という細かい事が記憶によみがえり、その人の歴史全体が眼の前に動くパノラマとなって展開するのです。