エンツェンスベルガー『政治と犯罪』(「ガラスケースのまえでの考察」)(野村修 訳)

アイヒマンを診断したイスラエルの精神病医は、アイヒマンは「まったく正常(ノーマル)な人間であって、かれを診断したあとのわたし自身よりも、かえって正常なのではないかという気がするくらいだ」と、いっている。別の研究者はアイヒマンを、模範的な家庭の父親と見なしている。アイヒマンは主として公文書や輸送計画や統計にたずさわっていたのだが、それでもなお、犠牲者たちをじぶんの眼で見る機会があった。最後の世界大戦を現に立案している者たちは、もはや犠牲者たちを見ることもないだろう。