正岡子規『仰臥漫録』

律は看護婦であると同時にお三どんなり。お三どんであると同時に一家の整理役なり。一家の整理役であると同時に余の秘書なり。書籍の出納原稿の浄書も不完全ながら為し居(お)るなり。しかして彼は看護婦が請求するだけの看護料の十分の一だも費さざるなり。野菜にても香(こう)の物にても何にても一品あらば彼の食事はをはるなり。肉や肴を買ふて自己の食料となさんなどとは夢にも思はざるが如し。もし一日にても彼なくば一家の車はその運転をとめると同時に余は殆んど生きて居られざるなり。故に余は自分の病気が如何やうに募るとも厭はずただ彼に病なきことを祈れり。彼あり余の病は如何ともすべし。もし彼病まんか彼も余も一家もにつちもさつちも行かぬこととなるなり。故に余は常に彼に病あらんよりは余に死あらんことを望めり。