幸田露伴「突貫紀行」

身には疾(やまい)あり、胸には愁(うれい)あり、悪因縁は逐へども去らず、未来に楽しき到着点の認めらるゝなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれども銭なく、望みあれども縁遠し、よし突貫して此(この)逆境を出でんと決したり。五六枚の衣を売り、一(ひと)行李の書を典し、我を愛する人二三にのみ別(わかれ)をつげて忽然出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。

   *典し 質入れして