永井荷風「花火」

わたしは壁に張った草稿を読みながら、ふと自分の身の上がいかに世間から掛離れているかを感じた。われながらおかしい。また悲しいような淋しいような気もする。何故というにわたしは鞏固(きょうこ)な意志があって殊更世間から掛離れようと思った訳でもない。いつとなく知らず知らずこういう孤独の身になってしまったからである。世間と自分との間には今何一つ直接の連絡もない。