ドストエフスキー『地下室の手記』(江川卓 訳)

ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった――意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。かくていま、ぼくは自分の片隅にひきこもって、残された人生を生きながら、およそ愚にもつかないひねくれた気休めに、わずかに刺激を見いだしている、――賢い人間が本気で何者かになることなどできはしない、何かになれるのはばかだけだ、などと。