三島由紀夫『美徳のよろめき』

人間の欲望などというものはケチなものだよ。あなたは本当のところ、もう欲望からは治ってしまっている筈だ。私は青年時代のいちばんはじめにそれから治って、あとの一生はただ習慣からだけ逃げて暮した。そして人間のやってのける偉業などというものに、みんなこの私と同じ、逃避の影のさしているのを知ってうんざりした。事業への逃避、政治への逃避、栄光への逃避、これが歴史を支えて来たのだ。