ポー「アナベル・リイ」(全) (阿部保 訳)

幾年か昔のことであつた。
  海沿いの王領に
アナベル・リイと言う名前で
  人の知る乙女の住んでいたのは、
そしてこの乙女私と愛し合つていることの外は
  餘念もなかつた。


海沿いの王領に
  も童、も童、
しかし二人は戀にも優る戀で愛し合つていた。
  私とアナベル・リイは、
空に舞う至上天使さえ
  女と私を羨んでいた程に。


その昔
  この海沿いの王領で、
雲から風が吹き降りて、
  美(うる)わしのアナベル・リイを冷したのは、それ故か。
高貴のやから訪れて
  女を私から奪い去つた。
この海沿いの王領の
  墓にいれんとて。


天上の幸及ばぬ天使らは
  女と私を羨んでたち去つた。
まことに、それ故であつた(海沿いの王領で
  誰ものこらず知つているが)
夜半、風が雲から吹き降りて
  アナベル・リイの冷たくなつたのは。


しかし私達の戀は、私達より年上の人の戀よりも
  私達より賢(さか)しい人の戀よりも、
  はるかに強かつた。
み天(そら)の天使
  海の底(そこい)の悪魔さえ
決して私の魂を、美わしのアナベル・リイから
  裂き得まい。


というのは、月照ればあわれ
  美わしのアナベル・リイは私の夢に入る。
また星が輝けば、
  私に、美わしのアナベル・リイの明眸(ひとみ)が見える。
ああ、夜、私の愛する人よ、戀人よ、
私の命、私の花嫁のそばにねぶる。
  海沿いの墓のなか
  海ぎわの墓のなか

   ※太字は出典では傍点