村上春樹『風の歌を聴け』

「何故本ばかり読む?」
 僕は鰺の最後の一切をビールと一緒に飲みこんでから皿を片付け、傍に置いた読みかけの「感情教育」を手に取ってパラパラとページを操った。
「フローベルがもう死んじまった人間だからさ。」
「生きてる作家の本は読まない?」
「生きてる作家になんてなんの価値もないよ。」
「何故?」
「死んだ人間に対しては大抵のことが許せそうな気がするんだな」