ムージル『特性のない男』(加藤二郎 訳)

たいていの人間は、率直にいってしまえば、何かを創造することなどできないくせに、精神ばかり苛ついている凡人どもは、自己表現はしてもいいんだという願望をいつも抱いているものだ。それに彼らは、「言うに言えないこと」がじつに容易に起こりやすい人間でもある。「言うに言えない」というこの言葉は、彼らの好きな言葉であり、底が判然としないから、これを使うと彼らの使う言葉が漠然と大きくなったような気がして、結局彼らはその言葉の正しい価値がつかめずにいるのだ。