谷川俊太郎「やわらかいいのち――思春期心身症と呼ばれる少年少女たちに」(全)


どうしたらいいの
どうしたらいいの
問いかけるあなたの言葉が
私の中に谺(こだま)する
答のない私の中に――
どうしたらいいの
どうしたら
私の中にあなたがいる
ひっそりとひとりで立ちつくしている
心はもつれあった灰色の糸のかたまり
だがその糸が私とあなたをむすんでいる
どうしたら
どうしたらいいの
問いかけることであなたは糸の端を
しっかりと握りしめている



あなたが歩くことのできるのがおどろきだ
あなたがごはんを食べるのが
歯をみがくのが私にとっておどろきだ
あなたのふたつの眼から
涙のにじみ出てとまらないのがおどろきだ
あなたは海をみつめて放心している
その顔にかくされた美しさがおどろきだ
そしてもしもあなたが死ねるとしたら……
死ねるとしても――
そのことの中に私は
あなたのいのちの輝きを見るだろう
私たちの生きる証(あか)しを見るだろう



怒りながら哀しんでいる
戸惑いながら決意している
突き放しながらしがみついている
ひとつの顔
世界中でたったひとつのあなたの顔
その顔はかくしている
誰にも読み切れない長い物語を
拒みながら待っている
謝りながら責めている
途方に暮れながら主張している
ひとつの背中
かたくなにみずからを守るあなたの背中
その背中は呟いている
自分にもつなげないきれぎれな物語を



どこへ帰ろうというのか
帰るところがあるのかあなたには
あなたはあなたの体にとらえられ
あなたはあなたの心に閉じこめられ
どこへいこうとも
あなたはあなたに帰るしかない
だがあなたの中に
あなたの知らないあなたがいる
あなたの中で海がとどろく
あなたの中で木々が芽ぶく
あなたの中で人々が笑いさざめく
あなたの中で星が爆発する
あなたこそ
あなたの宇宙
あなたのふるさと



あなたは愛される
愛されることから逃れられない
たとえあなたがすべての人を憎むとしても
たとえあなたが人生を憎むとしても
自分自身を憎むとしても
あなたは降りしきる雨に愛される
微風(そよかぜ)にゆれる野花に
えたいの知れぬ恐ろしい夢に
柱のかげのあなたの知らない誰かに愛される
何故ならあなたはひとつのいのち
どんなに否定しようと思っても
生きようともがきつづけるひとつのいのち
すべての硬く冷たいものの中で
なおにじみなおあふれなお流れやまぬ
やわらかいいのちだからだ