高青邱「青邱子の歌(せいきうしのうた;青邱子歌)」(抄) (蒲池歡一)

水際に向ひて獨坐し、
林中に獨り行く、
元氣を斲り、
元精を捜る、
造化萬物 情を隱し難く、
冥茫たる八極 心兵を游ばしめ、
坐に無象をして聲あらしむ。
微は懸蝨を破るが如く、
壯は長鯨を屠るが若し。
清はカウ(←「カウ」の漢字は、左側は「氵」+右側は「亢」)瀣を吸ふに同じく、
險は崢クヮウ(←「クヮウ」の漢字は、左側は「山」+右側は「榮」)を排するに比す。
靄靄として晴雲披き、
軋軋として凍草萌ゆ。
高く天根を攀ぢて月窟を探り、
犀は牛渚を照して萬怪呈る。
妙意は俄に鬼神と同じく會し、
佳景は毎に江山と爭ふ。
星虹 光氣を助け、
煙露は華英を慈す。
音を聽いては韶樂に諧ひ、
味を咀んでは大羮を得たり。


すゐさいにむかひてどくざし、
りんちゅうにひとりゆく、
げんきをけづり、
げんせいをさぐる、
ざうくゎばんぶつ じゃうをかくしがたく、
めいばうたるはっきょく しんぺいをあそばしめ、
そぞろにむしゃうをしてこゑあらしむ。
びはけんしつをやぶるがごとく、
さうはちゃうげいをほふるがごとし。
せいはかうかいをすふにおなじく、
けんはさうくゎうをはいするにひす。
あいあいとしてせいうんひらき、
あつあつとしてとうさうもゆ。
たかくてんこんをよぢてげっくつをさぐり、
さいはぎうしょをてらしてばんくゎいあらはる。
めういはにはかにきしんとおなじくくゎいし、
かけいはつねにかうざんとあらそふ。
せいかう くゎうきをたすけ、
えんろはくゎえいをうるほす。
おんをきいてはせうがくにかなひ、
あじをかんではたいかうをえたり。


向水際獨坐
林中獨行
斲元氣
捜元精
造化萬物難隱情
冥茫八極游心兵
坐令無象作有聲
微如破懸蝨
壯若屠長鯨
清同吸カウ(←「カウ」の漢字は、左側は「氵」+右側は「亢」)瀣
險比排崢クヮウ(←「クヮウ」の漢字は、左側は「山」+右側は「榮」)
靄靄晴雲披
軋軋凍草萌
高攀天根探月窟
犀照牛渚萬怪呈
妙意俄同鬼神會
佳景毎與江山爭
星虹助光氣
煙露慈華英
聽音諧韶樂
咀味得大羮


水に向つては独り座り、
林の中を独り行き、
宇宙の元気を削りなし、
天地の情を捜し取る、
造化万物かくるるなく、
遙か宇宙のすみずみに心の兵を遊ばすれば、
すずろに、形なきに声をあたえ、
小さくは、懸けたる蝨(しらみ)を射てものけ、
大きくは、それ長鯨を屠(ほう)るに似て、
清けくは、天の甘露を吸うばかり。
険しくは切り立つ山をおしも並ぶれば、やがて又、
雲きららかに青空の開(あ)くる想いや、
地にはまた、凍(こお)れる草も緑に萠え、
高く攀(よ)じては天の奥が、月の窟(いわや)もさぐりつつ、
犀角(さいかく)の火に照し見る牛渚(ぎゅうちょ)の淵の魔の群や、
妙意起れば忽ちに鬼神と共に我もあり。
詩中の佳景は江山と毎(つね)にその眞(しん)を争えば、
輝きそむる星と虹、
華(はな)うるおすは霞や露、
音(おん)は太古の韶楽(しょうがく)に諧(かな)えば、
詩味は大羮(こう)の美を得たり。