張若虚「春江花月夜(しゅんかうくゎげつや)」(抄) (齋藤晌)

春江の潮水 海に連なって平かなり。
海上の明月 潮と共に生ず。
灔灔として波に隨ふ千萬里。
何れの處か春江月明無からん。
江流宛轉として芳甸を遶り、
月は花林を照らして皆 霰に似たり。
空裏の流霜は飛ぶを覺えず、
汀上の白沙は看れども見えず。
天一色 纖塵無し。
皎皎たり空中の孤月輪。
江畔 何人か初めて月を見し。
江月 何れの年か初めて人を照らせし。
人生代代 窮まり已むこと無く、
江月年年 祗相似たり。
知らず 江月の 何人をか待つを。
但見る 長江の 流水を送るを。


しゅんかうのてうすゐ うみにつらなってたひらかなり。
かいじゃうのめいげつ うしほとともにしゃうず。
えんえんとしてなみにしたがふせんばんり。
いづれのところかしゅんかうげつめいなからん。
かうりうゑんてんとしてはうでんをめぐり、
つきはくゎりんをてらしてみな あられににたり。
くうりのりうさうはとぶをおぼえず、
ていじゃうのはくさはみれどもみえず。
かうてんいっしょく せんぢんなし。
けうけうたりくうちゅうのこげつりん。
かうはん なんびとかはじめてつきをみし。
かうげつ いづれのとしかはじめてひとをてらせし。
じんせいだいだい きはまりやむことなく、
かうげつねんねん ただあひにたり。
しらず かうげつの なんびとをかまつを。
ただみる ちゃうかうの りうすゐをおくるを。


春江潮水連海平
海上明月共潮生
灔灔隨波千萬里
何處春江無月明
江流宛轉遶芳甸
月照花林皆似霰
空裏流霜不覺飛
汀上白沙看不見
天一色無纖塵
皎皎空中孤月輪
江畔何人初見月
江月何年初照人
人生代代無窮已
江月年年祗相似
不知江月待何人
但見長江送流水


 春の揚子江! ひろびろと滿ちあふれる水は海と一つになって平らにつづいている。おりから東の海上には、さしてくる潮とともに明月がぽっかり浮かびあがった。きらきらゆらゆらと波のまにまに光りかがやいて千里萬里のかなたにまで照りわたっている。春の江(え)のほとり、どこといって月の光のささないくまはないだろう。
 春の流れは、うねうねとにおやかな野邊(のべ)をめぐって、月の光は花咲く林にさしこみ、花が點々と白く光って、まるで霰(あられ)が降っているように見える。空中にひやりとするものが流れて、霜が飛ぶのだろうと思うが、あまり明るい月光のなかでは、さっぱり目にもとまらない。汀(なぎさ)にあるはずの白い砂も、白一色の光のなかでは、どれがどれだか、氣をつけてみてもいっこうに見えもしない。
 空は澄みわたり、水もそれを反映してまったく一色にかがやき、一ひらの塵(ちり)かげすらない。まっ白に冴えた月輪がぽつんと一つ空中にかかっているばかり。この岸べではじめてこの月を見たのは誰だったろう。またこの月は、いったいいつはじめて人間を照らしたのか知ら。
 人は生まれ、人は死に、世々このとおりで盡きるというはてがない。この月も毎年毎年ただこのとおりで、いつ見てもあいかわらずだ。いったい、この月は、こうやって誰がやってくるのを待っているのか知ら。ただ見えるものとては、長江の流れが水をどんどんと東へ送っているすがただけだ。