白樂天「上陽白髮人(じゃうやうはくはつじん)」(抄) (田中克己)

秋夜長し
夜長くして寐るなく天明けず。
耿耿たる殘燈 壁に背く影
蕭蕭たる暗雨 窗を打つ聲。
春日遲し
日遲くしてひとり坐すれば天暮れがたし。
宮鸎 百囀するも愁ひて聞くを厭ひ
梁燕 雙栖すれども老いて妬むを休む。


しうやながし
よながくしていぬるなくてんあけず。
かうかうたるざんとう かべにそむくかげ
せうせうたるあんう まどをうつこゑ。
しゅんじつおそし
ひおそくしてひとりざすればてんくれがたし。
きゅうあう ひゃくてんするもうれひてきくをいとひ
りゃうえん さうせいすれどもおいてねたむをやすむ。


秋夜長
夜長無寐天不明
耿耿殘燈背壁影
蕭蕭暗雨打窗聲
春日遲
日遲獨坐天難暮
宮鸎百囀愁厭聞
梁燕雙栖老休妬


秋の夜の長いこと
夜は長いのに眠られずしかも夜はなかなか明けない。
ちらちらするあけがたの灯も壁の向こうにやって、
しとしとと降る夜の雨の窓にあたる音のわびしさ。
春の日の長いこと
日ながなのにひとりでいると空はなかなか暮れない。
宮中に住むウグイスがよく鳴くが悲しいので聞くもいやだし
梁(はり)に巣くうツバメはつがいでいるけれど年よってはねたむ気もしない。