2011-09-15から1日間の記事一覧

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

リズムの特質は騒がしい強勢の規則性によって表現される、という既成概念。間違いである。ロック音楽の退屈なリズムの原始性。心臓の鼓動が増幅される結果、人は一瞬たりとも自分の死への行進を忘れることはないのである。

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

自分の心臓の鼓動を聞くのはいやなものだ。それは、自分の人生の時間が秒読みされているのを絶えず思い出させる。そんなわけで私は、楽譜を区分する縦線にいつも何か不吉なものを感じてきた。しかし、リズムのもっとも偉大な巨匠たちはこの単調で予測できる…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

小説の(私たちが小説と呼ぶあらゆるものの)歴史(統合され一貫した発展)は存在しない。存在するのはただ、中国の、ギリシア・ローマの、日本の、中世の、といったような小説のさまざまの歴史だけである。私がヨーロッパの、と呼ぶ小説は、近代の夜明けに…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

人間の条件のひとつの性質としての未熟。私たちは一度しか生まれない。前の生活から得た経験をたずさえてもうひとつの生活をはじめることは決してできないだろう。私たちは若さのなんたるかを知ることなく少年時代を去り、結婚の意味を知らずに結婚し、老境…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

クンデラ 私がこんなことをお話しするのは、小説を創作するとは、あい異なるさまざまの感情の空間を並置することであり、そして私の考えでは、それこそ小説家のもっともたくみな技巧であることをあなたに理解してもらうためなのです。

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

あらゆる偉大な作品には(まさに偉大なるがゆえに)、例外なく未完成の部分が含まれています。ブロッホは彼がみごとに達成したすべてのものによってのみならず、達成にまではいたらなかったものの、その目ざしたすべてのものによっても私たちの創造の意欲を…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

クンデラ 科学と技術に奇跡をいくつももたらしたあげく、この〈主にして所有者〉は、自分がなにひとつ所有しておらず、自然の主でもなく(自然は地球から徐々に消えている)、「歴史」の主でもなく(歴史は彼の手からすり抜けてしまった)、自分自身の主でさ…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

クンデラ さて、くどいようですがもういちど、小説のただひとつの存在理由は小説のみが語りうることを語ることである、と申しましょう。

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

小説の精神は連続性の精神です。つまり、それぞれの作品は、先行する作品への回答であり、それぞれの作品には、小説の過去の経験がすでに含まれているということです。しかし、私たちの時代精神は今日性(アクチュアリテ)の上に固定されています。

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

小説の精神とは複合性(コンプレクシテ)の精神です。どの小説も、「事態は君の想像以上に複雑だ」と読者に語ります。これが永遠に変らない小説の真実ですが、しかしこの真実は、問いに先行し、問いを排除する単純で性急な回答の騒音のなかでますます聞きと…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

もし小説がほんとうに消滅しなければならないとすれば、それは小説の力が尽きてしまったからではなく、小説がもはや小説のものではない世界に存在しているからだ、ということです。

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

小説の死とは根も葉もない観念ではないのです。それはすでに起こったのです。そしていまや私たちは、どうして小説が死ぬのかを知っています。小説は消滅するのではなく、その歴史の外に転落するのです。そんなわけで、小説の死は、だれにも気づかれずに静か…

ミラン・クンデラ『小説の精神』(金井裕/浅野敏夫 訳)

つまり、小説はヨーロッパの産物であるということです。小説のさまざまの発見は、異なったさまざまな国語のなかでなされてきましたが、それでもそれらは全ヨーロッパに帰属するものです。発見の継承(書かれたものの加算ではなく)、これがヨーロッパの小説…