2011-01-01から1年間の記事一覧
われわれはいつまでもわれわれ自身にとって必然に赤の他人なのだ。われわれはわれわれ自身を理解しない。われわれはわれわれを取り違えざるをえない。われわれに対しては「各人は各自に最も遠い者である」という格言が永遠に当てはまる。――われわれに対して…
われわれはわれわれに知られていない。われわれ認識者が、すなわち、われわれ自身がわれわれ自身に知られていない。それはそのはずである。われわれは決してわれわれを探し求めたことがないのだ。――われわれがいつかはわれわれを見出すであろうなどと、そん…
――しかし、わたしの真理は恐ろしい。なぜならこれまで真理と呼ばれてきたものは嘘なのだから。――一切の価値の価値転換、これが、人類の最高の自覚という行為をあらわすためのわたしの命名である。 ※太字は出典では傍点
――女は、ほんとうに女であればあるほど、権利などもちたくないと、あらがうものだ。両性間の自然の状態、すなわち、あの永遠の戦いは、女の方に断然優位に与えているのだから。 ※太字は出典では傍点
身ぶりが大げさで激しいのは、偉大さにともなうことではない。およそ身ぶりを必要とする者はにせものなのだ……絵に描いたように威容をつくった人間にはすべて警戒せよ!――生は、生がわたしにもっとも重く、つらいことを要求したとき、軽く容易になった、もっ…
大げさな言葉、大げさな身ぶりには、いつも用心することだ! 本能があまりに早く「おのれを知る」ことは、危険以外の何ものでもない――。
学者――それは一種のデカダンだ。――わたしは自分の目で見て知っているが、天分あり、豊かで自由な素質をもつ人々が、三十代でもう「読書ですり切れ」、火花――つまり「思想」を発するためにはひとに擦ってもらわねばならないマッチになりさがっている。――一日…
……われわれはみな、真実に当面することを恐れている…… ※太字は出典では傍点
――わたしはシェークスピア以上に悲痛な読み物を知らない。
――できるだけ腰をおろしていることを少なくすること。戸外で自由に運動しながら生まれたのでないような思想――筋肉も祝祭に参加していないような思想には、信頼せぬこと。すべての偏見は内臓にもとづく。――尻をおちつけていることは――わたしはすでにそれを言…
わたしは自分を浪費しないのだ。
……わたしにはまた、どんなに乱暴な言葉、どんなに乱暴な手紙でも、沈黙よりは良質で、礼儀にかなっているように思われるのである。沈黙したままでいる連中は、ほとんど常に、心のこまやかさと礼儀に欠けているのである。沈黙は抗弁の一種なのだ。言いたいこ…
デカダンであるだけの人間はいつも自分に不利な手段方法を選ぶものなのである。
君たちはまだ君たち自身をさがし求めなかった。さがし求めぬうちにわたしを見いだした。信徒はいつもそうなのだ。だから、信ずるというのはつまらないことだ。 いまわたしは君たちに命令する、わたしを捨て、君たち自身を見いだすことを。そして、君たちのす…
「きみは自分を安全と信じこみ、強き人間と考えているかもしれないが、しかし、部屋のなか、あるいは朝空のなかにふと認められた色あい、昔好きだったために、いまでも嗅ぐたびに妙なる思い出を匂わせる香水、かつて眼にふれたことのある忘れられた詩の一行…
人間との取引関係において、運命は一瞬たりと帳簿を閉じてはくれぬ。
「『人生』を使い果してしまったなどと言わないほうがお為ですよ。ひとがそんなことを言い出すのは、『人生』に使い果されてしまったのをつくづく感じているときですからね」
「きみは肖像画を滅茶滅茶にしたと言ったはずだ」 「間違いだった。肖像画がぼくを滅茶滅茶にしたのだ」
「ぼくは気にいったとは言いませんよ。夢中になったとは言ったけれど。たいへんな違いですよ、これは」 「ほう、どうやらそれに気がついたね?」
われとわが身を責めることには一種の悦楽がある。人間が自己非難をするとき、自分以外のだれも自分を責める権利がないと感じる。人間の罪状を消滅してくれるものは、牧師ではなく、告白なのだ。
「人間が途方もなく馬鹿げた行為をしでかすのは、つねにもっとも高貴な動機によってだからな」
ひとはおのれのあやまちを経験と呼んでいるにすぎない。
「男は疲れたからといって結婚し、女は好奇心に駆られて結婚する、そして、両方とも失望する」
「青春をとり戻したいなら、過去の愚行を繰りかえすにかぎる」
「素顔でいることこそポーズにほかならない、しかも、もっとも他人をいらだたせるポーズだ」
「この世には人の噂にのぼるよりもひどいことがたったひとつある。噂にされないということだ」
そして、人生では、教訓などいらないときに、やっとそれを学ぶとは、なんと無念なこと! だって、たとえあのかたがお話しにならなくても、わたしは話さなければいけないのだから。ああ! 恥ずかしい、恥ずかしい! それを話すことは、もういちどすっかりそれ…
経験とは、各人がおのれの過失に与える名前なり。
この世の中にはね、ふたつの悲劇があるだけさ。ひとつは、欲するものが得られないこと、もうひとつは、それを得ることだ。後者のほうがはるかに悪いよ、後者こそ真の悲劇だ!
わたしは冷たい――恋を知らぬ者みたいに冷たい。