2013-05-01から1ヶ月間の記事一覧

川端康成『死者の書』

死ぬのにも形容詞がいるの?

コンスタン『アドルフ』(大塚幸男 訳)

私はおのれを人の中の最大の果報者と呼び、愛と献身と永遠の尊敬とを千度も繰り返して誓いながら、彼女の足もとにひざまずいて数時間を過ごした。その語るところによれば、彼女は私から遠ざかろうとして大へん苦しんだ。そうした努力にもかかわらず、本当の…

コンスタン『アドルフ』(大塚幸男 訳)

とはいえ一種うちかちがたい臆病が私をはばんでいた。彼女のために用意した私の言葉はすべて唇の上で消えてしまうか、さもなければ前もって考えていたのとは全然ちがったものになるのであった。私は心ひそかにもがいた。わが身がいきどおろしかった。 ついに…

島崎藤村『老嬢』

人間は死ぬ時ほどの苦痛を母に与えて、始めて是世(このよ)に産れて来る。

説経浄瑠璃『さんせう太夫』

それ人の命といふものは、もろいやうで、またつれないものでありけるぞ。 *「つれない」は、思うにまかせない、ままにならない。人の命は、はかなく弱いようでいて、また時には思いがけず強靭なこともある、の意。

吉田健一『定本落日抄』

無意味に生きていること以外に生きていることに意味はない。

ゴーゴリ「鼻」(平井肇 訳)

だが、まあ、それはそうとして、それもこれも、いや場合によってはそれ以上のことも、もちろん、許すことができるとして……実際、不合理というものはどこにもあり勝ちなことだから――だがそれにしても、よくよく考えて見ると、この事件全体には、実際、何かし…

ゴーゴリ「鼻」(平井肇 訳)

しかし、何事も永続きのしないのが世の習いで、どんな喜びもつぎの瞬間にはもうそれほどではなくなり、更にそのつぎにはいっそう気がぬけて、やがて何時とはなしに平常(ふだん)の心持に還元してしまう。それはちょうど、小石が水に落ちてできた波紋が、つい…

ゴーゴリ「鼻」(平井肇 訳)

だが、このロシアという国は実に奇妙なところで、一人の八等官について何か言おうものなら、それこそ、西はリガから東はカムチャツカの涯に至るまで、八等官という八等官がみな、てっきり自分のことだと思いこんでしまう。いや、これは八等官に限らず、どん…

三島由紀夫『暁の寺』

生きるということは、運命の見地に立てば、まるきり詐欺にかけられているようなものだった。

井上靖『城砦』

愛が信じられないんなら、愛なしで生きてごらん。世の中が信じられないんなら、世の中を信じないで生きてごらん。人間が信じられなかったら、人間を信じないで生きてごらん。生きるということは恐らく、そうしたこととは別ですよ。

無住『沙石集』

生死(しょうじ)ヲ喩(たとえ)バ、水ト氷トノ如シ。生(しょう)ハ水結(むすび)テ氷トナルガ如シ。死ハ氷トケテ水トナルニ似タリ。

ゴーゴリ「外套」(平井肇 訳)

しかし、いつの世にも、他人の目から見ればいっこう重要でもなんでもない地位を自分ではさもたいそうらしく思いこんでいる連中があるものである。

ゴーゴリ「外套」(平井肇 訳)

「時にわたしは、君のところへ、その、ペトローヴィッチ、その何だよ……」ここで知っておかなければならないのは、アカーキイ・アカーキエウィッチは物事を説明するのに、大部分、前置詞や副詞やはてはぜんぜん何の意味もない助詞をもってしたということであ…

ゴーゴリ「外套」(平井肇 訳)

とはいえ、彼に対して何の注意もはらわれなかったというわけではない。ある長官は親切な人で、彼の永年の精励に報いんがためにありきたりの写字よりは何かもう少し意義のある仕事をさせるようにと命じた。そこで、すでに作製ずみの書類の中から、他の役所へ…

ゴーゴリ「外套」(平井肇 訳)

その後ながい生涯のあいだにも幾度となく、人間の内心にはいかに多くの薄情なものがあり、洗練された教養ある如才なさの中に、しかも、ああ! 世間で上品な清廉の士とみなされているような人間の内部にすら、いかに多くの凶悪な野性が潜んでいるかを見て、彼…

大岡昇平『俘虜記』

彼等は死に、私は生きた。この確然たる事実の受け取り方に二様あるわけはない。あらゆる生還者はその告別式風の物悲しい仮面の下に、こういうエゴイズムを秘めている。

夏目漱石『断片』

lifeを斯くならねばならぬと考うるは既にprejudiceなり。lifeはかくあるものなり。

夏目漱石『硝子戸の中』

所詮我々は自分で夢の間(ま)に製造した爆裂弾を思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。 *いつ吹き出してくるか知れぬ、不気味な「過去」を「爆裂弾」にたとえている。

ゴーゴリ『検察官』(米川正夫 訳)

フレスタコーフ その代わりに、わたしの恋をあなたにささげましょう。あなたのまなざしから……〔椅子を近づける〕 マリヤ 恋! あたし恋なんて分かりませんわ……あたしちっとも存じませんでしたわ、恋ってどんなものだか……〔椅子をずらす〕 フレスタコーフ な…

ゴーゴリ『検察官』(米川正夫 訳)

フレスタコーフ あ! あ! 顔が赤くなった! ごらんなさい、ごらんなさい! なぜあなた言わないのです? ルカー どうもおじけてしまいまして、閣……閣……閣……〔傍白〕ああ、いまいましい舌め、おれを裏切りやがった!

ゴーゴリ『検察官』(米川正夫 訳)

フレスタコーフ わたしの考えでは、何が人間に必要かと言えばですね、ただ人から尊敬され、誠実に愛してもらうことですよ……そうじゃないですか?

ゴーゴリ『検察官』(米川正夫 訳)

市長 なに、場合によっては、分別が多いのは、ぜんぜんないより悪いことがあるよ。

中原中也『春日狂想』

ではみなさん、 喜び過ぎず悲しみ過ぎず テムポ正しく、握手をしましょう。

太宰治『斜陽』

とにかくね、生きているのだからね、インチキをやっているに違いないのさ。

国木田独歩『渚』

挙げて永劫の海に落ちゆく世々代々(せいせいよよ)の人生の流の一支流が僕の前に横たわっている。

プーシキン「スペードの女王」(神西清 訳)

精神界に二つの固着観念の共に存し得ぬのは、あたかも物質界に二つの物体が同時に同じ場所を占め得ぬと同断でもあろうか。

プーシキン「スペードの女王」(神西清 訳)

リザヴェータは恐れにおののきながら聴き入った。では、情に満ちたあの手紙は、燃えるようなあの願い事は、傍若無人のあの執心は、みんな恋ではなかった。この男の心を燃え立たせたのは、あの賤しいお金なのだ。彼の渇きを医(いや)し、幸福にしてやれたのは…

プーシキン「スペードの女王」(神西清 訳)

日が高くなってやっと眼を覚ました彼は、消え失せた幻の巨富を追って溜息をついたが、また街に出て当てどもなくさまよったすえに、***伯爵夫人の邸に通りかかった。え知れぬ或る力が彼を導くようであった。彼は立ちどまって、じっと窓を見あげた。その窓…

梅田晴夫『未知なるもの』

人生なんて考えつめるほど深刻じゃない……かといって考えただけで分るほど甘くもない。