2013-12-15から1日間の記事一覧

中原中也『在りし日の歌』「北の海」

海にゐるのは、 あれは人魚ではないのです。 海にゐるのは、 あれは、浪ばかり。

太宰治『人間失格』

しかしまた、堀木が自分をそのやうに見てゐるのも、もつともな話で、自分は昔から、人間の資格の無いみたいな子供だつたのだ、やつぱり堀木にさへ軽蔑せられて至当なのかも知れない、と考へ直し、 「罪。罪のアントニムは、何だらう。これは、むづかしいぞ。…

太宰治『人間失格』

またもう一つ、これに似た遊戯を当時、自分は発明してゐました。それは、対義語(アントニム)の当てつこでした。黒のアント(対義語(アントニム)の略)は、白。けれども、白のアントは赤。赤のアントは、黒。 「花のアントは?」 と自分が問ふと、堀木は口を…

花田清輝『さちゅりこん』

わたしは、戒能通孝が「インテリゲンチア」〔……〕のなかで試みたように、日本の今日の知識人をドン・キホーテ型、ハムレット型、といった人類永遠のタイプにわけることにかならずしも不賛成ではないが――しかし、それだけではいくらか非歴史的で、アイマイな…

尾崎一雄『毛虫について』

蛇、みみず、などを嫌う人は、毛虫や夜盗虫をさほどにも思わぬし、その逆も云えるとのことだが、本当かも知れない。私は、蛇やみみずは、案外平気で扱うことが出来る。両方怖いという場合もあるようだが、そういうのは女に多いようだ。家内がそうだし、娘な…

吉行淳之介『軽薄のすすめ』

当時の私も、そういう言い方は分っていたが、どうしてもその言葉を口に出せなかった。そのため、私は散歩して間もなく別れてしまった。 しかし、そういうためらいが青春というものかもしれぬ、とおもわぬでもない。

安岡章太郎『サルが木から下りるとき』

モンバサは古い港町であり、そこは十五世紀頃から黒人奴隷の積み出し港(!)として繁栄してきた。私の気が滅入ったのは、この町のそういう歴史的な背景とも無関係ではないかもしれない。

野間宏『真空地帯』

「あっ……いかん、准尉さんや……」叫んだのは班長だった。廊下をこちらへ近づく足音はたしかにゆったりとして、准尉以外の足音ではなかった。

丸谷才一『日本語のために』

わたしは反対派のほうで、つまり「ナウなセンスのフィーリング」といつた言ひまはしは好きぢやない。もつとはつきり言へば嫌ひである。

ブレット・ハリデイ『大いそぎの殺人』

「あげくのはてに誰かが、ちび大将にズドンと一発お見まい申しあげたってわけかい?」 「笑いごとじゃないぞ」とウィングが言った。 「笑う気はないさ」、シェーンはライターの火をつけた、「もっとも、だからと言って泣きたいとも思わんがね。」

梅崎春生『崖』

三十歳の峠を越そうという人間が、二十になったやならずの兵長の喚くまま、汗水垂らして掃布握って床を這い廻り、眼の色変えて吊床を上げ下げする図は、どう考えても気の利いた風景でない事は私といえども百も承知しているのだが、しかし当時の私の気持とし…