2014-11-30から1日間の記事一覧

石川淳「紫苑物語」

月あきらかな夜(よる)、空には光がみち、谷は闇にとざされるころ、その境の崖のはなに、声がきこえた。なにをいふとも知れず、はじめはかすかな声であつたが、木魂がそれに応へ、あちこちに呼びかわすにつれて、声は大きく、はてしなくひろがつて行き、谷に…

柳田国男『遠野物語 九九』

土淵(つちぶち)村の助役北川清という人の家は字(あざ)火石(ひいし)にあり。代々の山臥(やまぶし)にて祖父は正福院といい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯(おおつなみ)に遭…

柳田国男『遠野物語 六三』

小国(おぐに)の三浦某というは村一の金持なり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門(かど)の前を流るる小さき川に沿いて蕗を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる…