2015-05-21から1日間の記事一覧

後藤明生「挾み撃ち」

ある日のことである。わたしはとつぜん一羽の鳥を思い出した。しかし、鳥とはいっても早起き鳥のことだ。ジ・アーリィ・バード・キャッチズ・ア・ウォーム。早起き鳥は虫をつかまえる。早起きは三文の得。わたしは、お茶の水の橋の上に立っていた。夕方だっ…

森敦「月山」

ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折(ひじおり)の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。そのときは、折からの豪雪で、危く行き倒れになるところを助けられ、からくも目ざす渓谷に辿りついた…

藤沢周平「暗殺の年輪」

貝沼金吾が近寄ってきた。 双肌(もろはだ)を脱いだままで、右手に濡れた手拭いを握っている。立止まると馨之介(けいのすけ)の顔はみないで、井戸の方を振向きながら、 「帰りに、俺のところに寄らんか」 と言った。 時刻は七ツ(午後四時)を廻った筈だが、…