藤沢周平「暗殺の年輪」

 貝沼金吾が近寄ってきた。
 双肌(もろはだ)を脱いだままで、右手に濡れた手拭いを握っている。立止まると馨之介(けいのすけ)の顔はみないで、井戸の方を振向きながら、
「帰りに、俺のところに寄らんか」
 と言った。
 時刻は七ツ(午後四時)を廻った筈だが、道場の裏庭には、まだ昼の間の暑熱が溜っている。汲み上げ井戸の周りには、十人余りの若もの達が、声高に談笑しながら水を使っていた。暑さに耐えて、手荒い稽古をやり終えた解放感が、男達の半裸の動きを放恣にしている。