チェーホフ『ワーニャ伯父さん』(神西清 訳)

ワーニャ ええ、そうですとも! 僕は明るい人間でしたが、そのくせ誰一人として、明るくしてはやれなかった。……(間)この僕が明るい人間だった。……これほど毒っ気の強い皮肉は、ほかにちょっとないな。僕もこれで四十七です。去年までは僕もあなたと同じように、あなたのその屁理屈でもって、わざと自分の目をふさいで、この世の現実を見まい見まいとしていたものです、――そして、それでいいのだと思っていました。ところが今じゃ、一体どんなざまになっているとお思いです! 僕は、腹が立って、いまいましくって、夜もおちおち眠れやしない。望みのものがなんでも手にはいったはずの若い時を、ぼやぼや無駄にすごしてしまって、この年なった今じゃ、もう何ひとつ手に入れることができないんですからねえ!
ソーニャ ワーニャ伯父さん、面白くないわ、そんなお話!
ヴォイニーツカヤ夫人 (息子に)お前は自分の昔もっていた信念を、なんだか怨みに思っておいでのようだね。……けれど、悪いのは信念ではありません、お前自身なのだよ。信念そのものはなんでもない、ただの死んだ文字だということを、お前は忘れていたのです。……仕事をしなければならなかったのですよ。