チェーホフ『かもめ』(神西清 訳)

トレープレフ (無帽で登場。猟銃と、鷗の死骸を持つ)一人っきりなの?
ニーナ ええ、そう。


    トレープレフ、鷗を彼女の足もとに置く。


ニーナ どういうこと、これ?
トレープレフ 今日ぼくは、この鷗を殺すような下劣な真似をした。あなたの足もとに捧げます。
ニーナ どうかなすったの? (鷗を持ちあげて、じっと見つめる)
トレープレフ (間をおいて)おっつけ僕も、こんなふうに僕自身を殺すんです。
ニーナ すっかり人が違ったみたい。
トレープレフ ええ、あなたが別人みたいになって以来。あなたの態度は、がらり変ってしまいましたね。目つきまで冷たくなって、僕がいるとさも窮屈そうだ。
ニーナ 近ごろあなたは怒りっぽくなって、何か言うにもはっきりしない、へんな象徴みたいなものを使うのね。現にこの鷗にしたって、どうやら何かの象徴らしいけれど、ご免なさい、わたしわからないの。……(鷗をベンチの上に置く)わたし単純すぎるもんだから、あなたの考えがわからないの。