クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

そこでぼくが鏡を遠ざけると、ぼくのというかむしろそのくらげのような顔がぐらつき飛び去り納屋の奥の栗色の闇に吸いこまれでもしたみたいで、ほんのちょっとした角度の変化が鏡に映った像にあたえるあの稲妻のようなすばやさで見えなくなりそのあとぼくの目に映ったのは厩舎の向こうの端にいる彼らで、なにか長談義していたというかむしろだまりこくっていてつまりほかの人間なら言葉をやりとりするところを沈黙をやりとりしていてつまり彼らだけにしか理解できないが彼らにとってはきっとどんな演説よりももっと雄弁であるにちがいないある種の沈黙をやりとりしながら、脇腹を見せて横になった馬をとりかこんでいたのだった。

   ※太字は出典では傍点