シェイクスピア『ヴェニスの商人』(小田島雄志 訳)
グラシアーノー
世のなかにはおかしな連中がいてだな、まるで
溜り水のように、にごった薄皮を顔一面に張りつめ、
かたくなに押し黙ったままでいる、というのも
世間から、知恵がある、まじめだ、思慮深い、
という評判を得たいだけのことなのだ。そこで、
「われこそは世界一の賢者なるぞ、わが神託を
犬どもは黙って聞くべし」といった顔つきをする。
だがアントーニオ、おれはそういう連中のことを
よく知ってるが、要するになにもしゃべらないから
賢いと思われているだけだ、一度でもしゃべってみろ、
聞いたものは必ず地獄に堕ちるぜ、たとえ相手が
兄弟でも、ばか野郎とどならずにはいられないからな。
まだまだ言いたいことはあるが次の機会にしよう、
とにかく、そんな憂鬱という餌で世間の評判という
ダボハゼを釣るようなまねはよしたほうがいい。