吉本隆明[聞き手]糸井重里『悪人正機』

 いつも言うことなんですが、結局、靴屋さんでも作家でも同じで、一〇年やれば誰でも一丁前になるんです。だから、一〇年やればいいんですよ。それだけでいい。
 他に特別やらなきゃならないことなんか、何もないからね。一〇年間やれば、とにかく一丁前だって、もうこれは保証してもいい。一〇〇%モノになるって、言い切ります。
 ただし、一〇年やらなかったら、まあ、どんな天才的な人でもダメだって思ったほうがいいってふうにも言えるわけです。九年八カ月じゃダメだって(笑)。
 それから、毎日やるのが大事なんですね。要するに、この場合は掛け算になるんです。例えば、昨日より今日は二倍巧くなったとしましょうか。で、明日もやると。そうすると二×二の四倍で、その次の日もやったら、また×二で八倍になる。だけど毎日やらずに間を空けると、足し算になっちゃうんです(笑)。
 掛け算でも足し算でも、まあちょっとの間は変わりはないと思うかもしれないけど「二+二+二……」と「二×二×二……」と長くやればやるほど、全然違ってきちゃうんですよ。毎日、なんかちょっと、机の前に座るとか……まあ、これは小説の場合ですけどね。もし、この方面を目指そうっていうなら、机の前に座るっていうことだけは毎日やったほうがいいですよ。やって一〇年たてば、必ず一丁前になります。
 これについちゃ、素質もヘチマもないです。素質とか才能とか天才とかっていうことが問題になってくるのは、一丁前になって以降なんですね。けど、一丁前になる前だったら、素質も才能も関係ない。「やるかやらないか」です。そして、どんなに素質があっても、やらなきゃダメだってことですね。
 途切れたらそこで足し算になっちゃうし、まあ、無理することはないから、今日も机の前に座ってみたっていうくらいのね、こういうことは毎日やったほうがいい。
 僕は自分に近い職業の例として、作家のことで言ってますけど、これは何でも同じでさ。一〇年毎日やれっていうと、何かえらく努力しろみたいなことを言ってるようだけど、そうじゃないんです。努力しようがしまいが、とにかく毎日、ぼーっとしててもいいから、毎日を一〇年続けるんですよ。
 読者として見てさ、つまらないとか、つまらないものしか書かないじゃないかって思う小説家もずいぶんいるけどさ。しかし、そういう人たちも必ず、一〇年だけはやっていますよ。作家っていうのは、職業上の秘密というのは明かしたくないから、「いい加減にやってたんだけど」っていうふうに言うけど、そんなことは嘘で、必ず一〇年はやってると思ったほうがいいですね。