吉本隆明『ひきこもれ――ひとりの時間をもつということ』

 たとえば物書きというのは虚業で、政治家の次くらいにくだらない職業ですが、それでも持続ということが大事であることは変わらない。才能がどうこう言っても、一〇年続けないと一人前にはなれません。
 逆に言うと、一〇年続ければどんな物書きでも何とかなります。毎日毎日、五分でも一〇分でもいいから机に向かって原稿用紙を広げる。そして書く。何も書けなかったとしても、とにかく原稿用紙の前に座ることはやる。それを一〇年やれば、その人は一〇〇パーセントものになります。
 これは、どんな仕事でも同じです。どんなに頭のいい人でも、毎日継続して「手を動かす」「手で考える」ということをしない限り、五年もすれば駄目になる。手を動かし、手で考えるとは、物書きの場合ならとにかく書き続けることであり、書けなくても毎日原稿用紙に向かうことです。文学者であろうと職人さんであろうとバイオリン弾きであろうと同じです。