芹沢俊介『母という暴力』

 名づけるということは、親にとっては、わが子としての承認です。家庭という場に新しいいのちを迎え入れる行為でもあります。では子どもにとっては名づけはどんな意味をもつのでしょう。第一に、強制的に名づけられるという点で、誕生と同様、暴力です。ただし避けられない暴力です。第二に、それゆえ名前は肯定的に呼ばれることによってのみ、子どものアイデンティティ――「ある」――を形成するということです。したがっていったん名づけられた名前は呼ばれないとき、子どもの場のアイデンティティ――ここに自分が自分として「ある」ということ――はおびやかされるのであり、それゆえに暴力になるのです。小学校に入りたての子どもが教員に名前を呼ばれなかったといって、ひどく傷つき泣いて帰ってきたという話を聞きますが、名が呼ばれないことは、子どもの「ある」が否定されたことと同じ意味をもっているからです。