伊藤俊樹「カウンセラーの感情体験・感情表出」(澤田瑞也、𠮷田圭吾 編『キーワードで学ぶカウンセリング――面接のツボ――』所収)

土居は、面接者の「わからない」という感覚が、クライエント理解にはとても大切だと述べている。「なぜなら、『わからない、不思議だ、ここには何かあるにちがいない』という感覚は、理解力のない人には生じないからである(中略)。逆に、あまりにも簡単にわかってしまうのは、クライエントに対する理解が十分でないことを示している。「面接の勘所は、要するにどうやってこの『わからない』という感覚を獲得できるかということにかかっているが、このことはいくら強調しても強調し過ぎることはないであろう」(中略)。それではなぜ「わからない」という感覚が大切なのだろうか。土居は「何かがわからないという場合、何が何だかわからないというのではなく、わかっていいはずなのにわからないという意味がそこには含まれている。わかっていいはずのものがわからないのは、何かそこに無意識の心理が働いてわからなくしていると考えなければいけない」(中略)と述べている。つまり、カウンセラーの「わからない」という感覚は、クライエントの心の中で無意識が働いている場所を知る手がかりになるのである。また湖の例を用いると次のようになる。早わかりしてしまうカウンセラーは、湖で三匹魚がはねたのを見ると「なるほど、三匹の魚がはねたな」と納得してしまい、それで終わりになってしまう。「わからない」という感覚を大切にするカウンセラーは、「いつもは三匹連続してはねることはないのに。不思議だ。なぜだろう。何かあるに違いない」と思って水面下に目をこらす。そして、「もしかしたら、同じ魚が水面下を泳ぎ回っているのかもしれない」ということに気づくのである。
 以上のように、カウンセラーは「わかった、わかった」という感覚よりも、「わからない」という感覚を身につけることの方が重要なのである。そのためには、自分の心の中で揺れ動く感覚に開かれていないといけない。