小沼丹「黒と白の猫」

 妙な猫がゐて無断で大寺さんの家に上り込むやうになつた。或る日、座敷の真中に見知らぬ猫が澄して坐つてゐるのを見て、大寺さんは吃驚した。それから、意外な気がした。それ迄も、不届な無断侵入を試みた猫は何匹かゐたが、その猫共は大寺さんの姿を見ると素早く逃亡した。それが当然のことである、と大寺さんは思つてゐた。ところが、その猫は逃出さなかつた。涼しい顔して化粧なんかしてゐるから、大寺さんは面白くない。
 ――こら。
 と怒鳴つて猫を追つ払ふことにした。
 大寺さんは再び吃驚した。と云ふよりは些か面喰つた。猫は退散する替りに、大寺さんの顔を見て甘つたれた声で、ミヤウ、と鳴いたのである。猫としては挨拶の心算だつたのかもしれぬが、大寺さんは心外であつた。