葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

 松戸与三はセメントをあけをやつてゐた。外の部分は大して目立たなかつたけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽はれてゐた。彼は鼻穴に指を突つ込んで、鉄筋コンクリートのやうに、鼻毛をしやちこばらせてゐる、コンクリートを除りたかつたのだが、一分間に十才づゝ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合はせるためには、とても指を鼻の穴に持つて行く間はなかつた。
 彼は鼻の穴を気にしながら遂々十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあつたんだが、昼の時は、腹の空いてる為めに、も一つはミキサーを掃除してゐて暇がなかつたため、遂々鼻にまで手が届かなかつた――の間、鼻を掃除しなかつた。彼の鼻は石膏細工の鼻のやうに硬化したやうだつた。