里見トン「蚊やり」

 盆をすぎて四五日、カリン/\に晴れあがつて、よウ、夏だな、と、そこへ来るべきものがいよ/\やつて来たといふ、いかに期節負(きせつまけ)をする人にも、或る落ちつきと壮(さかん)な気持とを起させるやうな、さういふ日、――都会のものとも思はれない、瑠璃いろの空のもとで、亜鉛(とたん)屋根に載せた簀の子の物乾から、ひと擁へ取込んで来た洗濯ものを、薄暗い二階の六畳に、ぺたんと鳶足(とんびあし)に坐りこんだおたねが、それ〴〵畳み返してゐる最中だつた、もの静に、勝手の硝子戸があいて、
 「御免あそばせ、御免あそばせ」
 と訪ふのを、誰とも見当はつけかねたが、
 「どなた?」
 と、勝手口の客だけに、ゆるすともなく心をゆるして、梯子段の中ほどから、いけぞんざいなうけ答をしながらおりて行つた。