真山青果「玄朴と長英」

幕あく。舞台空虚。籠うぐひすの啼音のどかに、時計の振子しづかに動く。障子に晩春の日光斜めに射す。
突如として、壁に衝突する物音二度ほど聞え、廊下に組み合ふ人の足音。試験管、硝子器の砕くる物音など聞ゆ。
外に争ふは伊東玄朴と高野長英の二人なり。最初はその姿を見ず。


長英 何んだ……何をしやがる。
玄朴 静かにしてくれ。
長英 放せ。痛い――痛い。
玄朴 病家も来てるんだ。高野、どうか静かにしてくれ。
長英 これ、馬鹿な真似するな、袖がきれる―馬鹿。
玄朴 静かに、どうか高野――(と頼むやうに云ふ)
長英 何んの態だ。放せツたら……。
玄朴 高野……。


玄朴、片手に障子をあけて、荒れ立つ高野長英を無理に室へ押込む。玄朴は総髪にて四十二才、長英三十八才。