野上弥生子「海神丸」

 十二月二十五日の午前五時、メイン・トップ・スクウナ型六十五噸の海神丸は、東九州の海岸に臨むK港を出帆した。目的地は其処から約九十海里の、日向寄りの海に散在してゐる二三の島々であつた。島からは、木炭と木材と、それから黒人仲間で五島以上だと云はれる非常に見事な鯣が出る。その他、何か知ら海産物は一年ぢう絶えない上に、往復に日数がとれないから、割のよい点では、これ位割のよい航海はなかつた。海神丸の若い船長はそれをよく知つてゐた。彼は阪神方面や中国筋を一と廻りして来た後では、屹度この島の方へ舵を向けた。――島で丁度な積荷がなければ、進んで大隅あたりへのすまでであつた。
 今度の航海は、町の問屋筋の大豆を門司から積んで戻つたばかりの後であつた。併しその儘故郷の浜へ帰つて畳の上で正月を待つのは勿体なかつた。まだ四五日は残されてある。