久米正雄「破船」

 鎌倉の海は穏に凪いでゐた。
 十二月初めの午後の日が、もう少しく赤みを帯びて、西へ傾き加減に煙つてゐるために、右手に突出た稲村ヶ崎一帯は、燻色の陰影になつて、江の島が半ば顔を出しながら、遠く輪郭を蝕ませて浮んでゐる海面を、対照的に光らしてゐるだけだつたが、反対の小坪の鼻からかけて、葉山の長者ヶ崎を遠望する一方は、明るい橙紅色を含んだ日影を受けて、鮮に、併し強烈ではなく、初期の印象派の絵のやうに照らし出されてゐた。冬の穏な日によくある、中空から上はくつきり晴れ上つて、青空がコバルトを濃く輝かしてゐるが、水平線に近づくに従つて暈され、やがて其下は靄とも霞ともつかぬ褪紅色のヴエールに、粉つぽくうつすらと包まれて了ふ。小春日の静けさが、澱んだやうな空象だつたので、大島は影も見えなかつたが、併し天際は遥に霽れ渡つた感じを、決して濁してはゐなかつた。