中勘助「銀の匙」

 夜店のうちでほほづき屋は心をひくもののひとつであった。歯車のついた竹筒をぶいぶいとまはしながら
 「ほほづきやーい ほほづき」
 と呼ぶ。簀の子にしいたひばの葉のうへに赤、青、白、いろいろなほほづきをならべて、雫がほとほとしたたつてゐる。団扇の形した海ほほづき、人魂ににた朝鮮ほほづき、天狗ほほづき、薙刀ほほづき、それらはみな海のほほづきで、皮質の袋のなかに磯臭い垢がはひつてゐる。たんぼほほづき、千なりほほづき。おやぢは竹筒をまはして
 「ほほづきやーい ほほづき」
 と呼ぶ。ほかのほほづきは鳴らせないのでいつも海ほほづきを買つてもらつて大切に手に握つてかへる。たんぼほほづきは緋の法衣をきた坊さんの姿である。むいてみて蚊がさしてると姉はくやしがつて畳にたたきつける。蚊という奴はわるい奴である。